夫の扶養から外れて働きたい妻「私、収入いくらだったら損しませんか?」 5つの扶養の壁…FPが解説
専業主婦だったり、夫の扶養内で働いていた妻から、「子どもが大きくなったので、もっと働いて収入を増やしたい」との相談を受けることがよくあります。子どもに手がかからなくなり、自分が使える時間が増える時期は、同時に子どもにかかるお金が増えてくる時期でもあります。みなさん気になるテーマですね。
ただ、あわせて出てくるのは「損をしない収入の額はいくらですか?」という質問です。「収入の金額によっては、夫の扶養から外れ、税金や社会保険料で損をする可能性があるんですよね」といったことをよく聞かれます。ただ、何をもって「損」と考えるかで、目指すべきことは変わってきます。実際のケースを踏まえながら、確認しておきましょう。
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◆相談者プロフィール
40歳女性、パート勤務(医療事務)
・夫:44歳、会社員
・子ども:12歳、10歳
・世帯年収845万円(夫750万円、妻95万円)
※個人が特定されることを防ぐため、名前など情報を一部改変しています
◆相談内容
上の子どもが中学生になるタイミングで、夫の扶養から外れて働きたいと思っています。私はもともと社会に出て働きたいタイプですが、出産後は退職して子ども中心の生活を送ってきました。夫は仕事で朝早く出て夜遅く帰ってきますし、両親や親族は遠方にいるので、子どもの面倒を見るのは私と割り切って、仕事は3年ほど前から週3~4日のパート勤務をしています。
子どもの手が離れてきたので働く時間をこれまでより増やせそうなのと、子どもの習い事や塾にお金がかかりはじめてきたのも気になっていて、私が今より多く働いて世帯収入を増やせればと思っています。でも夫の扶養から外れたら、私の収入金額によっては世帯全体の手取りが減って損をすると友人から聞きました。実際どれくらい稼げば家庭にとってプラスになるのか知りたいです。
■税と社会保険…扶養には2種類の定義がある
扶養とは、そもそも助けて養うという意味があり、『扶養に入れる』というのはその対象者を経済的に養っている状態にすることを言います。夫婦間の話に置きかえると、夫が妻を扶養に入れる=夫が妻を経済的に養っているということになります。
この扶養という言葉ですが、世帯収入を考える際には2種類の定義があるということを知っておきましょう。
▽税法上の扶養
夫の所得税・住民税の額に影響します。
妻を扶養に入れることで、夫は『配偶者控除』『配偶者特別控除』という所得控除を使うことができるため、夫の税負担を軽くすることができます。所得控除とは税金を計算する際のもととなる所得金額を減らすことができる制度です。
▽社会保険上の扶養
妻の年金保険料や健康保険料といった社会保険料の額に影響します。
妻は夫の扶養に入ることで、妻自身の社会保険料の支払いが免除されます。
■年収の壁は5つある!
扶養には2種類の定義があり、税金や社会保険料の負担を軽くすることができますが、その優遇を受けるには妻の収入について一定の基準が存在します。これがいわゆる年収の壁と言われているものです。2種類の扶養において、それぞれ壁がありますので順番に見ていきましょう。
【税法上の扶養の壁】
▽① 103万円の壁
妻の給与収入が103万円を超えると、夫が配偶者控除を使えなくなります。この壁は、妻本人の所得税負担が発生する(※住民税は給与収入100万円超で発生)境界線でもあり、夫の扶養から外れる第一ステップとも言えます。
なお、妻の給与収入が103万円以下の場合、夫は最大38万円の配偶者控除を使えますが、夫の年収が1095万を超える場合は段階的に控除額が減り、年収1195万円超で控除額ゼロとなります。
▽② 150万円の壁
実は、妻の給与収入が103万円を超えても201万円までは、夫の税負担を軽くすることができます。それが配偶者特別控除の存在です。妻の給与収入150万円まではこの控除の最大額38万円を使えるため、実際のところ配偶者控除と同じ控除額を使うことができますが、配偶者特別控除は150万円を境に妻の給与収入が増えるにつれて段階的に控除額は減っていく仕組みになっています。
なお、夫の年収によって控除額が減るのは、配偶者控除の考え方と同様です。
▽③ 201万円の壁
妻の給与収入が201万6千円以上になると、夫は配偶者特別控除を使えなくなります。税法上、妻は扶養から完全に外れ、夫の税負担の軽減もなくなります。
【社会保険上の扶養の壁】
▽④ 130万円の壁
妻は夫の扶養に入ることで社会保険料の支払いが免除になりますが、妻の給与収入が130万円以上であれば自分で社会保険に加入する義務が発生するため、年金保険料や健康保険料を自身で支払わなければならなくなります。
▽⑤ 106万円の壁
勤務先企業の規模や月収、勤務時間などについて一定条件に当てはまる場合は、給与収入が106万円以上で社会保険に加入する義務が発生します。130万円の壁と同様に妻の社会保険料の免除はなくなります。
一定条件とは、以下のすべてに当てはまる場合になります。
・従業員数101人以上
・週の労働時間が20時間以上
・月収8万8000円以上
・2カ月を超える雇用見込みあり
・学生ではない
(参考:厚生労働省 社会保険適用拡大特設サイト)
<ワンポイント> 交通費や通勤手当は含む?含まない?
年収の壁を考える際、交通費や通勤手当は税法上の扶養では年収に含めませんが、社会保険上の扶養では含みます。
■相談者さんのケースで検証すると…
妻の給与収入の違いにより世帯全体の手取り額がどのように変化するのかについて、計算してみました。
<前提条件>
※1.夫の年収750万円で算出
※2.所得控除は社会保険料控除、基礎控除、配偶者控除、配偶者特別控除、扶養控除のみ使用
※3.千円以下切り捨て
世帯全体の手取り額について、妻の税負担や控除額の減少は大きな影響を与えないようですが、妻の社会保険料支払いの発生(給与年収130万円以上)は家計の負担になりそうです。
妻の給与収入が129万円の時は家計収入は695万円だったのが、130万円になると679万円に、16万円ほど下がります。同等の世帯手取り額になるのは、妻の給与収入が150万円を超えるあたりからになります。
言い換えれば、給与収入130万円~150万円の範囲内だと129万円の時と比べて、世帯手取り額が減るということになります。
■130万円~150万円の年収で働くのは『損』なのか?
今現在の家計に負担がかかるのはなるべく避けて手取り額を増やしたいという場合は、妻が給与収入を130万円未満に抑えるか、150万円以上で大きく稼ぐことを目安にするとよいでしょう。
ただ、目先の手取り額だけにとらわれず、妻が社会保険料を負担し社会保険に加入するメリットも確認しておきたい大事なポイントです。
【メリット】
・老後の公的年金の充実:基礎年金に厚生年金が上乗せされる
・病気やケガで仕事を休んだ時の給付:傷病手当金が最長1年6カ月支給される
・障害を負った際の保障の充実:障害年金の上乗せや保障範囲が広がる
・万一の際の遺族年金の充実:遺族基礎年金に遺族厚生年金が上乗せされる
長い目で考えた時には、見逃せないメリットもたくさんありますね。
扶養の範囲内に調整するために働く量を減らすというケースはよく聞きますが、筆者は「もっと働けるのに我慢する」という後ろ向きな調整は、できればお勧めしたくありません。
国の制度も時代とともに改定されてきており、例えば年収の壁の考え方もこの先ずっと同じ基準のままとは限りません。
制度に振り回されすぎず、ぜひ自身のキャリアプランも大切にした働き方の選択も検討してみてください。
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相談者さんのご家庭は、今まさに子どもにお金がかかりはじめる時期でもあり、目の前の支出に負担や焦りを感じてしまうかもしれません。しかし、子どもにお金がかかるのはこれからまだしばらくの間、続くと予想されます。今その時だけを考えて切り抜けたとしても、先にはご夫婦の老後生活も控えています。
何のために働き、収入を増やし、資産づくりをしていくのかについて、家庭として優先すべきことや自身の今後の生き方なども含めて、広い視野を持って考えることも忘れないでください。
◆福永涼子(ふくなが・りょうこ)FPオフィス「あしたば」のファイナンシャルプランナー(CFP)。2001年にFP資格取得しFP仲間と共に子どもの金融教育を推進。その後、銀行での運用相談業務を経て現職に至る。自身の経験もふまえた「働く女性や母親の視点」でのお金に関するアドバイス&サポートには定評がある。年間約250件の個別相談を実施。