群衆の輪の中へ…今の選挙演説のやり方では「凶行防ぎきれない」 首相襲撃受け豊田真由子「国民を守るためにも、大いなる転換を」

衆院補選の選挙応援演説会場で、岸田首相めがけて爆発物が投げ込まれる事件が起こりました。首相のみならず、聴衆にも大きな被害が発生していたかもしれない状況でしたが、こうしたことを防ぐために、何をどうすることが必要なのか、実際に選挙演説を行っていた経験なども踏まえて、考えてみたいと思います。

■どれだけ警護・警備の人員を増やそうとも…

今回の件について、「警護・警備に不備はなかったか」といった議論がなされますが、私は、問題の本質はそこではないように思います。

もちろん、「不審者や大きな荷物を持った人物への積極的な声かけを行うべきだった」、「投げ込まれた爆発物に、すぐに防爆マット等をかぶせるべきだった」といった、個別の改善点はあるかもしれませんが、昨年の安倍元総理銃撃事件を踏まえ、総じて、それぞれの方が役割を迅速的確に果たされていたように思います。

どれだけ警護・警備の人員を増やそうとも、「開放された場所で、不特定多数の人が出入りができ、金属探知機などを使った所持品検査やボディチェック無く、要人に近距離まで近付ける状況」であれば、こうした攻撃を100%防ぐことは、極めて困難だと思います。

今回の容疑者は、あえて殺傷能力を抑えた爆発物を作成し、そして周囲の人が退避したタイミングを図って爆発させたと言われています(意図や動機などは、今後の捜査の解明を待つしかありません)。それは、逆から言えば、もし、今回の爆発物が、殺傷能力が高いものだったとすれば、相当な被害が出ていた可能性がある、ということにもなります。要人の生命安全だけではなく、市民の生命安全も、同じように守る必要があることは、言うまでもありません。

では、どうするか?

■選挙応援演説が、あのスタイルである理由

まず、「握手をした人の数が、自分に入る票の数」と昔から言われるように、そもそも、日本の政治活動は、普段から、どれだけ姿を見せ、直接的なふれあいの機会を持ち、実際に話を聞くか、といったことが大切とされています。なので、議員は、平時から、法改正や政策議論などの国会や党での仕事のほかに、地元での挨拶回り、会合やお祭りへの参加、早朝の駅立ちなどに、多大な時間とエネルギーを使います。

選挙の応援演説も、できるだけ距離近く、「親近感」を持たせることが大事と考えられており、要人が来た場合でも、できるだけ規制を設けず、聴衆の輪の中に入っていって、握手をして回るといったことになります。(これは、「投票行動への効果を狙ってやっている」というよりも、政治家は「人がいたら、直接触れ合うべき」という考えが染みついているという感じだと思います。)

さらに、選挙の応援演説の目的として「集まった多くの聴衆や盛り上がりを、できるだけ多くの人に見せる」ということがあります。

応援演説に要人が来る場合、①あらかじめ声掛けをして集めるコアな支持者、②HPやSNSなどで要人の来訪を知って集まった人、③たまたま通りかかり、足を止めて演説を聴く人たち、などにより、聴衆が膨らみます。そしてさらに、それを④通行人や駅の利用者が目にする、ということになります。

これにより、コアな支持者は「大将(首相)を迎えた大観衆の中で、気持ちが高揚する →候補者を当選させるための応援活動が、一層盛り上がる」、投票先を決めていなかった人たちは「要人と大勢の観衆を目にし、この候補者は多くの人に支持されている、勢いがある、という印象を受ける → 投票行動にプラスに働く」といった効果があります。

しかし、要人警護の観点からは、「聴衆との直接のふれあい」も、「屋外での広く開かれた場所での演説」も、当然、望ましくはありません。しかし、政治の側は、こうしたことが票の上積みにつながっていくと考えているため、警護側は、選挙に影響を与えてはならない、と考え、強く主張を通すことができません。

選挙応援演説での要人警護の難しさが、ここにあります。

■選挙演説の方法を変えることも検討すべき

今回の事件の翌日、大分の商店街での岸田首相の応援演説では、会場を囲う仕切りを設け、入口を制限し、荷物検査とボディチェックが行われました。この方法であれば、屋外で行う場合であっても、セキュリティのレベルはだいぶ上がります。

されど、選挙の定番である都市部の基幹駅前での街頭演説ともなれば、数千人の聴衆が集まることになり、周辺での複雑で大量の人の流れを考えても、こうした規制を行うことがどこまで可能かどうか、懸念があります。

昨年の安倍元総理銃撃事件を受けて、警護要則が改正され、担当要員を3倍、防弾ガラス等装備資器材の充実といった変更がなされています。

加えて、今回は、国政の補欠選挙(合計5選挙区)だけですが、衆議院総選挙や参議院選挙で、全国各地での応援に首相(や閣僚)が回るという状況の中で、その会場すべてで、上記のような対応を取ることにするとなると、果たして現場にとって、どれだけの負荷になるか、そして、人員を取られることで、本来の市民を守るという警察業務に支障が出ることはないのか、といった問題もあります。

そして、通常の式典等と異なり、総理や閣僚がどこの選挙区に応援に入るか、といったことは、各選挙区の情勢などを受けて、1、2日前に決まる、ということが普通です。この限られたスケジュールで、早急に準備をして、下見をして、対処をすることも、大変だろうと思います。

そうなると、屋内で行う方が安全だという考えもあると思います。銃社会で治安にも不安が大きい米国では、不特定多数の人が、規制なく、大統領に近付くといったことは、通常あり得ず、大統領選の演説会などは、大きな屋内の会場で、基本的に事前予約制で、入口で身元チェックや金属探知機による荷物検査が行われます。

※一般の連邦議会(上下院)議員は、屋外で演説会を行うこともあります。2011年、アリゾナ州選出の民主党ギフォーズ下院議員が、スーパーマーケットの前で演説会を開いていたところ、銃で頭を撃たれ、重傷を負うといった事件が起こりました。

政治に携わる人たちが、「効果や意義を考えれば、今の選挙演説のやり方を変えるべきではない、変えたくない」と思う気持ちも、実際にやっていた者として、よく理解できます。しかし、本来の趣旨を生かしながらも、めまぐるしく変わる時代の変化に応じて、従来のやり方を変えていかねばならないときも、あるのだと思います。それは、「暴力に屈すること」ではなく、「国民を守るための大いなる転換」です。

重要なことは、もしこうした事件が頻発するのであれば、要人だけではなく、一般市民を危険にさらすことになってしまう、ということです。さらに言えば、「SPは警護対象者を、警察は市民を、万一の際には、命を懸けて守ってくれる」と思われているわけですが、そうであればこそ、こうした危険をできるだけ減らすようにするということも、為政者の義務といえるのではないでしょうか。

■一般の方は、とにかく逃げること

今回も、爆発が起こるまでは、容疑者の姿をスマホで撮影しようと近寄っていく人たちの姿があり、爆発後も、会場に留まる方の姿が見られました。爆発物を使った事件の場合、2回目3回目の爆発があるといった場合も多く、実際、今回の容疑者も複数の爆発物や刃物を所持していました。殺傷能力の高いものが、あの場で爆発していたら、と考えると、おそろしいです。

米国留学時、「大きな音がしたら、とにかく必死で、反対方向に走って逃げろ」と教わりました。9.11のテロもありましたし、普段から、銃の発砲事件などが多発していますので、危機意識が高く、いざというときにどうするか、が身に染みています。

今回の現場で「下がって!下がって!」と誘導する声も聞かれましたが、混乱もあり、群衆はほとんど動きませんでした。これは警備の問題に帰結させるべきことではなく、一人ひとりが、「こういうときは、とにかく逃げる」という意識を持つことが必要だと思います。今はもう、日本は「そういうことが起こらない平和な国」ではないのだ、という認識を共有することが、残念ながら必要だと思います。

◆豊田 真由子 1974年生まれ、千葉県船橋市出身。東京大学法学部を卒業後、厚生労働省に入省。ハーバード大学大学院へ国費留学、理学修士号(公衆衛生学)を取得。 医療、介護、福祉、保育、戦没者援護等、幅広い政策立案を担当し、金融庁にも出向。2009年、在ジュネーブ国際機関日本政府代表部一等書記官として、新型インフルエンザパンデミックにWHOとともに対処した。衆議院議員2期、文部科学大臣政務官、オリンピック・パラリンピック大臣政務官などを務めた。

関連ニュース

ライフ最新ニュース

もっとみる

    主要ニュース

    ランキング

    話題の写真ランキング

    リアルタイムランキング

    注目トピックス