「子鹿には絶対触らないで」母鹿から育児放棄された5カ月の命 奈良公園の悲劇伝える「こつぶちゃん物語」 「甘えることもできなかった悲しみ知って」
2023年1月14日、奈良公園の子鹿が虹の橋を渡りました。名前はこつぶ、生後5カ月でした。人が触ったために母鹿が育てることを放棄。母乳をもらえなくなり、小さくやせたままでした。生きるために他の雌鹿から母乳をもらい、寝床も自分で整え命をつないでいました。こつぶちゃんを見守った川地祥介さんのTwitterアカウント(@ncbutwDsL0UC6np)は話題になり、そこから「こつぶちゃん物語~5か月しか生きることができなかった子鹿~」という写真絵本が生まれました。「奈良公園の鹿は動物園のふれあい広場ではありません。子鹿には絶対に触らないで」と伝えるために。
2月9日の当サイト『「奈良公園の子鹿には絶対にさわらないで!」なぜ?5カ月しか生きられなかったこつぶちゃんが伝えようとしたこと』記事内では、ファインダー越しに感じた川地さんの悲しみや憤りを伝えました。「こつぶちゃん物語」は文章を児童書作家の中村文人さんが担当。写真は川地さんが撮影したものから選びました。2人は奈良の鹿愛護会の会員です。中村さんに聞きました。
■「こつぶちゃんは一人ぼっちでした」
ーー写真絵本の出版に至る経緯を
「川地さんとは奈良公園のゴミを拾う「奈良公園ゴミゼロウォーク」(主宰・奈良公園ゴミゼロプロジェクト)でいっしょに活動している間柄です。Twitterで相互フォローしていますので、こつぶちゃんのツイートをウォッチしていました。観光客が子鹿を触る行為が多いので何とかしたいと思い、CATパブリッシング代表として川地さんに1月に出版をご提案しました」
ーーこつぶちゃんを見守った川地さんの一連のツイートは大きな反響でした
「川地さんはご自身が前に出ることを固辞されましたので、私が文章を書き、川地さんの写真を使用することで了解を得ました。表紙には文・写真を担当した者の表記をあえて入れていません。奥付に表記しています。出版した際にお支払いする印税を川地さんは辞退されましたので、売上の一部として一般財団法人奈良の鹿愛護会に寄付することになっています。中村はCATパブリッシングの代表のため印税なしです」
ーー写真絵本になったこつぶちゃんについてあらためて思うことを
「こつぶちゃんは一人ぼっちでした。お母さんに甘えることも、おっぱいももらうことができず、そして1月の寒さの中、天に召されたことを多くの人に知ってほしいと思います。観光客がこつぶちゃんに触ってしまったことが遠因ではないかとも言われています。こんな悲しいできごとが二度と起こらないようにしたいと心から願っています。子鹿が人に触られることで、母鹿が育児放棄をするということはこれまでもたびたびありました。奈良の鹿愛護会は子鹿が増えるシーズンには注意喚起をしていますが、子鹿に触ってはいけないということを知らない人は多く、外国人観光客は全然知りません。ゴールデンウイーク明けから子鹿の出産が始まるため、着想から3カ月で刊行しました」
■こつぶちゃんの悲劇を繰り返さぬために
奈良公園で生きる鹿たちが健やかに過ごせるよう、中村さんは次の5点を挙げました。
(1)ゴミのポイ捨てをしない
コンビニおにぎりの包み、キャンディの包み(個包装の包み)、お菓子の袋、飲み物容器やストローは食べ物のにおいが付いているため鹿が食べてしまいます。胃にとどまって芝や木の実を食べても栄養が吸収されず弱り死ぬこともあります
(2)子鹿に触らない
(3)人間の食べ物を与えない(パン、お菓子など)
(4)鹿に野菜を与えない
ニンジンや白菜などを家から持ち込む人が後を絶ちません。野菜の味を覚えた鹿は近隣の野菜畑を荒らしてしまいます。畑を荒らす鹿は、奈良の鹿愛護会スタッフが捕獲しますが、何度も畑を荒らす鹿は鹿苑に収容され、一生そこで過ごすことになります。野菜をまくことは不法投棄にもなり、警察の摘発の対象になります。
(5)大型犬を連れてこない
犬の祖先はオオカミであるため、鹿は犬が大嫌いです。小型犬はキャリーバックに入れたり抱っこしたりできますが、大型犬は無理です。近年、奈良公園をドッグランのように走らせたり、ノーリードで離す人が増えて、鹿は大変な迷惑は被っています。また奈良公園の鹿にはマダニがいるため、犬にとっても危険です。SFTS(重症熱性血小板減少症候群)を発症すると犬の致死率は40%といいます。
■1300年もの間、人間と共生
神様の使いとして1300年近くも奈良の人々から崇められ、人と共生を続けている奈良公園の鹿。中村さんは「このような動物と人間の共生のケースは世界でもまれです。奈良市における観光消費額は年間約1200億円(USJの年間売り上げとほぼ同額)で、その多くが鹿由来です。歴史的にも経済的にも大きな存在である鹿たちを守るため、多くの方に奈良公園の鹿をもっと知ってほしいと思います」と話しています。「こつぶちゃん物語」の試し読みや購入はCATパブリッシングのサイトで。
(まいどなニュース・竹内 章)