「僕にも“二つ目”の誕生日があります」白血病サバイバーの俳優・樋口大悟さんが語る、骨髄移植のリアル

「僕は二つ目の誕生日があるんです。もうじき15歳になります」と語るのは、俳優の樋口大悟さん。アクション俳優を目指していた時に急性骨髄性白血病と診断されたが、骨髄移植を経て命を救われた。その体験をどうしても形に残したいと自ら企画・原案を務めたのが映画『みんな生きている~二つ目の誕生日~』だ。先日舞台挨拶で来阪した樋口さんに、骨髄移植による白血病サバイバーとして、役者として、今一番伝えておきたいことを語ってもらった。

■順調だった人生に、突然訪れた死の影…

樋口大悟さんは、新潟県糸魚川市出身の俳優。『カメラを止めるな!』『愛のくだらない』といった人気映画のほか、テレビCMなどにも出演している。また、空手三段という一面も持ち、舞台挨拶には空手着で登場した。そんな樋口さんが白血病と知ったのは25歳の時だったそうだ。

「当時僕は、スポーツジムでインストラクターをしていて、アクション俳優を目指していたんです。何もかも順調だったのですが、イベントで軽い気持ちで血液検査をしたところ『骨髄に異常がある可能性があります』という通知が来たんです。病院で再検査をしたら、その日の夜に病院から出来るだけ早く来てほしいと連絡がありました。その後病院に行くと、そのまま入院となりました」と樋口さん。

病気の自覚もほぼなく、今思えば手に痺れる感覚があったかも?という程度。突然、急性骨髄性白血病と知らされた樋口さんは「あ、僕はもう死ぬんだなと思いました。映画の中では自暴自棄になっていますが、あそこまでは。ただ、正直、怒りに任せて壁を思いきり殴りたくもなりました。でも、傷を作るとそこから血が出て止まらなくなくなるので、それも出来なかったんです」と当時の心境を振り返った。

■数年後に再発…「助かるには骨髄移植しかない」

入院後、厳しい抗がん剤治療が始まった。嘔吐や下痢、高熱が1週間以上続き、体はやせ細った。一度は寛解を迎えたが、数年後になんと再発してしまう。医者から告げられたのは「助かるには骨髄移植しかない」という言葉だった。

しかし骨髄移植と聞いても「実は、なかなか踏み切れなかった」という。「骨髄バンクを通じてドナーさんは見つかっていたのですが、もしかしたら、移植してもその後うまくいかなくて、自分が消えてしまう可能性だってあるわけですよね。今は精度があがっていますが、当時は半分くらいの確率だったので、簡単には踏み切れなかったんです。友達は『なんでやらないの?』と背中を押してくれていたのですが、自分はもういっぱいいっぱいで。人であふれる新宿の真っただ中で『お前らに俺の気持ちなんてわかんねーよ!』と叫んだ記憶があります」

では、なぜ決断したのだろうか。

「友人や家族はもちろんなのですが、決意したのは移植コーディネーターさんとドクターのはげましでした。まだ多少体力もあったので、骨髄移植ではなくもっと他に方法があるのでは?と渋る僕に『助かる可能性が高いのだから、移植を受けてほしいと先生がおっしゃってましたよ』と移植コーディネーターさんが話してくださって。僕にきちんと向き合ってくれているこの先生に、すべてを任せてみようと移植を決意しました」

■移植を受けた日が二つ目の誕生日

骨髄は、白血球や赤血球などの血液細胞を作り出す組織で、その細胞に何らかの異常が起きて、正常な血液が作れなくなった状態を白血病と言う。骨髄移植とは、患者の骨髄を健康な人(ドナー)から提供された骨髄で置きかえて、病気を根本的に治していこうというもの。劇中でもその場面が再現されているが、樋口さんは、骨髄から得た造血細胞が体に入ってきたとき「冷たいと感じた」そうだ。

「点滴で体の中に取り入れるのですが、あたたかな血液の中に冷たいものがジワーっと溶け込んで…。まるで真新しい『命のジュース』を飲むような感覚でした。僕のように、骨髄移植を受けて治療に成功した患者は、移植を受けた日を『二つ目の誕生日』と呼ぶのです。だから、誕生日がふたつある。移植した日をとても大切にするんですね。僕はもうじき15歳になります」

移植後、ドナーの免疫細胞が患者の血液を異物と認識してさまざまな拒否反応が出るそうだ。「もらった骨髄液にとって、僕の体は他人のものであり、僕にとっても異物が入ってきたようなもの。お互いが戦うんです。そのバランスがうまくとれるように薬で調整していくんです」と樋口さんは解説。

その後、さまざまな症状を乗り越えて樋口さんは病を克服。現在はフルマラソンが走れるくらいに元気になったそうだ。

「日常生活が普通にできることってすごく幸せなことなんですよね。最初のうちは2階へ上がるのに1時間かかったり、免疫力が0歳児に戻るようなものなので、風邪が長引いたりしていましたが、今は体力も万全です。それと、体の変化で言うと、僕の体は男性ですが、ドナーさんが女性だったためか、髪の毛がとてもやわらかくなりましたね。髪の毛は血液の影響を受けていると言いますから」と話す。

■もし、ドナーと会えたら?

今回制作された『みんな生きている~二つ目の誕生日~』は、患者の物語に平行して、ドナーの人生も描いている点に注目したい。共に舞台挨拶に立った両沢和幸監督(脚本・監督)は「白血病を題材にしたドラマや映画は今までにもたくさんありましたが、今回はあまり描かれることのないドナー側の話も取り入れました」という。

「ドナー側に話を聞いたり情報を調べていくうちに、ドナーの決断があってこそ助けられる治療法なのだと思いましたね。出会うことのない患者とドナーの両面を描いた今作ですが、実際にドナー経験者に話を聞いて印象的だったのは、ドナーの通知が来た時に『やっと私の出番が来た』と思ったということ。そういう気持ちを持った人がいて、初めて一つの命が助かるのですよね」と話す。

ドナーに通知が来たら、どんな心情になり、どんなことを経て決心するのか。その家族はどんな反応になり、手術までに何をして、骨髄液をどのように採取するのかなど、時にはドナーにとってのデメリットまで赤裸々に描かれている。

また、実際に採取医であったドクターが自ら骨髄採取の場面を演じているだけでなく、麻酔医や看護師の指導にもあたり、今までにないリアルな採取シーンを再現。さらに、ドナーの相談窓口で電話を受けた声の主は、骨髄バンクの設立や患者家族への情報提供を長年行ってきた橋本明子さんだ。骨髄移植や患者家族の現状をよく理解している橋本さんのセリフは、脚本に書かれたものではなく、橋本さん自らが語ったそのままを採用したそう。骨髄移植は、患者とドナーだけではなく、それぞれの家族も揺れ動く。その様子も丁寧に描かれている。

樋口さんは言う。「患者はドナーには会うことができない決まりがあるんです。当時知らされたのは、僕のドナーさんは関西在住の同世代の女性だということだけ。ただ、当時、移植後1年以内に1往復だけ手紙を送ることができたので、僕は『あなたがいなければ、今、こうして生きていません』と、心からの感謝の言葉をつづりました。15年たった今、もし会えたらどんな変化が起こるのかな。言葉にならないでしょうね。でもこれだけは言えます。僕は、同じ空の下で、その人がただ元気でいてくれるだけでいい。もしかすると街ですれ違っているかもしれないし、舞台挨拶の会場に来てくれているかもしれませんね。お互いルールは知っているので名乗り合うことはないでしょうけど」

■病に苦しむ家族や友達に、私たちができること。

もし友達や家族が白血病になったら、私たちはどんな風に接したらよいのだろうか。「病気になった当時は、自分が社会から忘れられるのが一番こわかった。当時25歳ですからみんな外で楽しそうにやっていて、自分だけ置いていかれるような感覚です。でも僕の友達は、覚悟を決めて楽しく接してくれた。逆に気を遣われちゃうと、自分が病気を実感してしまうから、疎外感を感じさせないでくれたことが、とてもありがたかったです」

友人役であり本作のプロデューサーでもある榎本桜さんも大きくうなづきながら「僕は、彼の友人が撮った当時のビデオを見せてもらい演じました」と振り返る。樋口さんとは役者仲間であった榎本さん。あえてお調子者のようにふるまいながら、普段通り友達として接する姿を劇中でみせてくれている。

■ドナーが増えれば助かる命が増える

舞台挨拶の会場では、現在ドナーの通知が来ていて迷っていたけど映画を観て決心したという人や、知り合いに白血病患者がいる、自分がドナーになったことがあるなど、さまざまな経験を持つ人たちが話しかけてくれるそうだ。

なかには「病院から一時退院している間にどうしても観たかった。これから自分も移植を受けるのだ、という人も…」と言って涙ぐみ、言葉が出なくなった樋口さん。「不安だったけど希望が持てました、と。また元気になってお会いしましょうね、と言って別れました」と話す。

「これまでも僕の経験を全国の中学校や高校で話す機会がありましたが、映画の上映が終わっても講演を兼ねた上映会をぜひ行っていきたいと思っています。映画は僕の体験したライフストーリーであり、医療エンターテインメントとしても観ていただけるように作りました。それと、骨髄バンクの登録者数も増えてほしい。この先、ドナー登録者が増えないと10年、20年先には現在の半数になると言われているんです。だからこそ、若い人にもっと骨髄バンクへ興味を持ってもらいたいなと思います。患者さんの未来に希望があること、そして、助けられる命があることを知ってほしいです。そして、その思いが、次の世代へとつながっていけばいいなと思います」

   ◇   ◇

樋口さんが主演した映画『みんな生きている~二つ目の誕生日~』は全国で公開中。舞台挨拶も行われているので公式サイトでチェックを。関西では2023年5月5日(金)より、kino cinéma神戸国際にて1週間限定公開、5月5日(金)、6日(土)各17:00の回で上映後に舞台挨拶もある。ぜひ劇場で、樋口さんの生の声を聞いてほしい。

(まいどなニュース特約・田村 のりこ)

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