オバマも絶賛 傘寿目前の反骨の脚本家ポール・シュレイダーの『カード・カウンター』 「いい小説は100年後も色あせない。俺の映画もそうありたい」
反骨の脚本家であり映画監督のポール・シュレイダー(78)。そんな彼も老境の域に達したのだろうか。インタビューの合間、思いもよらない言葉を発した。「Fuck YouがI Love Youに変化した」と。
■オバマが絶賛「2021年のベストムービーだ!」
シュレイダーは、ロバート・デ・ニーロが主演した不朽の名作『タクシードライバー』(1976年)の脚本家であり、映画監督としても『Mishima: A Life In Four Chapters』(1985年)、『ボブ・クレイン 快楽を知ったTVスター』(2002年)、『魂のゆくえ』(2017年)など数々のエッジの効いた作品を生み出してきた。
6月16日には『タクシードライバー』からの盟友マーティン・スコセッシが製作総指揮に名を連ねる監督作『カード・カウンター』が劇場公開される。
特殊作戦兵士としてアブグレイブ捕虜収容所で拷問に加担していたウィリアム・テル(オスカー・アイザック)は、罪の意識を抱えながらプロのギャンブラーを目指してカジノを流浪していた。ある日、彼はカークと名乗る青年に出会う。カークは、責任を逃れながらのうのうと生きる軍関係者の命を狙っていた…。映画好きで知られるバラク・オバマ元米大統領も『ドライブ・マイ・カー』などと並べて2021年のベストムービーに挙げた力作で、製作総指揮のスコセッシも「好きな映画だ」と気に入っているという。
■生い立ちの葛藤が作家性に強く影響
本作に登場するウィリアム・テルも青年カークも、暗い情念に捕らわれた孤独な男。シュレイダーがこれまでライフワークのように描き出してきた怒れるキャラクターの系譜に連なる男たちだ。前作『魂のゆくえ』の脚本がアカデミー賞にノミネートされるなど、傘寿目前にしてもなおシュレイダーの中にある怒りの炎はいまだ燻っていそうだ。
NYの自宅からオンラインインタビューに応じたシュレイダーは「俺は複雑な背景を持つ家庭に生まれた。そして幼い頃からずっと大きな罪の意識を抱いて生きてきた。その罪の意識はやがて大きな怒りになった。ガキの頃に刷り込まれた葛藤はインストールされたソフトウェアのようなもので、取り出すことも癒すことも不可能だ。たとえその場所から離れたとしても、子供時代から逃れることはできない。ただその“角”のようなものが俺自身を定義付けているわけだけれど…」と自らの作家性のルーツを考察する。
キリスト教カルヴァン主義という厳格な家庭で育ったシュレイダーは、18歳の頃まで映画を観ることすら禁止されていたそうだ。抑圧されていた分、反動もすさまじかったに違いない。ちなみに兄で同じく脚本家のレナードも、原子爆弾を製造した教師の暴走を描く『太陽を盗んだ男』(1979年)というアナーキーな作品の原案・脚本を担当している。
■I Love Youに変化
そんなシュレイダーだが、年齢を重ね健康面の不安や残された時間に想いを馳せたりすると、違った境地も見えてきたようだ。
「まだ日本では公開されていない俺の新作映画『Master Gardener』のラストは“I Love Youと言うまでこの世を去りたくない”という歌で終わる。これがもし50年前の若い頃の俺だったら“Fuck Youと言うまでこの世を去りたくない”という曲を使っただろう」と教えてくれながら「人生とは色々な出来事の積み重ねで変化していくものであって、選択肢もそう多くはない。若い頃は無限に選べるものだと勘違いしていたが…。その時々に合わせることも必要さ。そういう意味では俺も変わったな」と諦観のようなことを打ち明ける。
え、ちょっと待ってくれシュレイダー! あなたは怒りの炎どころか、創作の炎も消えそうなのか!?
「もし6カ月前に同じことを聞かれていたら『ああそうだ、俺はもう映画は作らん』と答えていただろう。というのもコロナのこともあったし、俺もいい年で健康上の問題を抱えて病院に行ったりしていたからな。ところが今は体もかなり復活していて映画作りの情熱も再燃。新しいものを撮ろうと思って、今週から本格的に動き出すつもりだ」とこちらを安心させる力強い言葉。続けて「新しいテーマやアイデアが浮かぶと、映画を使って表現したくなる。それを止めることは誰にもできない。今準備している新しい映画のテーマは“死”になるだろう」
■“クレイジー”がスコセッシとの共通点
製作総指揮に名を連ねたマーティン・スコセッシとは、脚本家として『タクシードライバー』から始まり、『レイジング・ブル』(1980年)『最後の誘惑』(1988年)『救命士』(1999年)と強力なタッグを組んできた。
「俺たちは同世代だし、両方とも頭がおかしくて両方とも強い宗教的な背景があるからウマが合う。完全に一緒ではないという塩梅もいいバランスを生む秘訣かな。人は誰しも想像力があるけれど、それでメシを喰っていけるのは一握りの人間だ。俺たちは幸運にもそれができている。何故ならば俺たちのイマジネーションは狂ったように豊かだからだ」
シュレイダーを信奉する映画人は多い。クエンティン・タランティーノはシュレイダーが脚本を手掛けた『ローリング・サンダー』(1977年)から名前を拝借して自ら設立した映画配給会社の社名にしているくらい。『アメリカン・ジゴロ』(1980年)も昨年ドラマとしてリメイクされた。
「ファンのサポートは非常に嬉しいことで、ありがたく思うよ。いい小説は10年後、50年後、100年後に読んでも色あせることはない。俺の映画もそうありたいという考えで作っている。でもそれは狙ってできるわけじゃない。予測は不可能だ。だから俺は希望するだけさ。長い年月愛される映画になってくれよな、とね」
老いて益々盛んなシュレイダーには生涯現役で問題作を生み出し続けてほしい。そして『カード・カウンター』が日本の映画ファンの心に突き刺さることを強く願う。
(まいどなニュース特約・石井 隼人)