岐阜県の保健所に収容された複数のワンコたち。聞けば、同じ地域で一斉に捕獲されたワンコとのことで、いずれも体が汚れ、疲れきった表情でした。ミックス犬のてんま君はそのうちの1頭で、泥や葉っぱが体中に巻きつき、目の周りはヤニだらけ。かわいいワンコの面影がなく、痩せ細っており、沈んだ瞳で睨みつけるように人間を見ていました。

■恐怖のあまり大暴れして抵抗するてんま君

このてんま君を引き出すことにしたのが愛知県を拠点に多くのワンコのレスキューを行う一般社団法SORA小さな命を救う会（以下、SORA）です。同団体のスタッフは、これまでの経験から、てんま君がかつていた劣悪な環境を想像し、心に深い傷を背負っているように思いました。実際、保健所の職員さんによれば、この繁殖場から収容されたワンコたちはいずれも恐怖から威嚇する傾向があり、このうちの1頭は職員さんを噛んでしまうほどだったと言います。

てんま君も他のワンコ同様に、凶暴な様子を見せることがあり、職員さんが近づこうとするだけで大暴れ。ケージの外に出そうと、てんま君の体にリードを付けようとしたところ、ブルブルブルとおびえた後、パニックで大暴れ。近くにあった細長い掃除用の棒をも巻き込みながらの大騒動となったのだそうです。

■不安と安心が入り混じる表情

SORAのスタッフは職員さんから「保護当初は、準備を念入りにし、慎重に接する必要があります」と助言を受けました。もちろんスタッフも、多くの経験からてんま君が一筋縄ではいかないワンコであることをすぐに察しましたが、しかし、それ以上に思ったことは、「それだけ人間に威嚇するということは、怖いこともあると思うが、同時に裏切られた傷が深いのではないか」ということ。

てんま君の傷をうかがい知ることはできませんが、過去に悲しい経験をした分、これからたっぷりの愛情を注ぎ、てんま君を幸せな第2の犬生へとつなげる思いを胸に強く抱きました。

スタッフは施設へと連れ帰り、まずはてんま君に首輪をつけてあげることにしました。するとどうでしょう。あれだけ人間を威嚇し、睨むような表情を見せていたてんま君がすんなり首輪をつけさせてくれ、不安と安心が入り混じったような複雑な表情を見せてくれました。

スタッフが両足を持って動かしても嫌がるそぶりはせず、「この人は悪い人じゃないのかもしれない」「もしかして信用していいのかな」と思っているかのような表情も見せてくれました。

「きっと本来のてんま君は甘えん坊のかわいいワンコなのだと思います。これから私たちがお世話をして、少しずつ元気と明るさを取り戻していってくれることを願っています」とスタッフは語ってくれました。

■てんま君のような思いをするワンコが1頭でも減るように

てんま君を引き出し保護した日、SORAのスタッフは岐阜県の職員さんと岐阜県の行政登録ボランティアとの意見交換会に参加しました。

岐阜県には東海3県で最も早く「多頭飼養届出制度」を導入する条例ができ、行政登録ボランティアさんへのバックアップ制度があったりと、動物保護の活動において先進的な地域です。保護団体の立場からの提案なども行い、動物にまつわるより良い環境づくりの有意義な議論を交わしました。

こういった場で交わされた意見が、実際に取り組みとして実施されれば、てんま君のような思いをするワンコはもっともっと少なることをスタッフは信じています。

こういった有意義なやり取りを経て、施設に戻ったスタッフはてんま君にこう語りかけました。

「てんま君。うちに来た以上は、絶対に大切にするからね。まずはゆっくり過ごして、幸せな犬生を目指して、これからがんばっていこうね」

（まいどなニュース特約・松田 義人）