二本足でバンザイをして「なかよくしよう!」…ムードメーカーだった猫は、最後の最後まで家族に「気遣い」 亡き今も“大きな存在”
二本足で立ってバンザイをする猫、その名も百々ちん。遊んでほしい時は、飼い主のIさんにも同居猫にもするんです。
「ぼくとあそびましょう!」
Iさんはこの姿が愛おしくて、用事があってもつい遊んじゃう。同居猫は気が向いたら遊んであげる感じ。
天真爛漫で家族のムードメーカーの百々ちんは、誰からも愛され誰もを愛した猫。出会ってから変わらぬ幸せを、Iさんにも同居猫にも与えてくれています。でも、百々ちんの産まれは、幸せとはいえないものでした。
■ゴミ屋敷で産まれた子猫
百々ちんが生まれたのは、俗に言う「ゴミ屋敷」。旧街道沿いにあり、年老いた男性が一人で暮らしています。ゴミ屋敷といえど雨風をしのぐことができるので、自然と野良猫が集まってきたよう。
毎年のように子猫が産まれ、いつの間にか子猫が消えている状態です。旧街道でも車通りは多く、交通事故で命を落とす子猫も少なくありませんでした。Iさんは亡骸にそっと手を合わせることしかできません。猫たちを助けたくても、猫の所有権があの男性にあるからです。
そんなモヤモヤした気持ちを抱きながら迎えた2006年春のこと。Iさんが出勤のため車を走らせていると、旧街道のど真ん中で生後2~3カ月の子猫が遊んでいるではありませんか。ふと正面に目をやると、対向車は目前に迫っています。
「危ない!」
Iさんは慌てて車から下り、子猫を抱き上げました。この期に及んで「所有権」などと言っていられません。そのまま車に乗せて、職場へと向かいました。
■ガソリンスタンドの猫担当
子猫に首輪はつけられておらず、ゴミ屋敷から出てきたところも目撃していません。法的には「野良猫」か「迷い猫」になるだろうとIさんは自分に言い聞かせ、職場のガソリンスタンドに子猫を連れていきます。
「子猫、拾っちゃった」
Iさんのこの言葉に、同僚は手慣れた様子で段ボール箱を用意してくれました。子猫は終業までそこで過ごすことに。
同僚が驚かなかったのは、猫にまつわる車のトラブル担当がIさんに自然となってしまっていたから。車のボンネットの中から猫の鳴き声がするといわれたら飛んで行き、交通事故の猫がいたら看病する。里親さんも見つけることも出来るスーパー猫担当なんです。
そんなこんなで店長もOKを出さざるを得ない状況。店長ですら、段ボールの中の子猫の様子をちょくちょく見にくるほどなんです。こうして子猫は安心できる環境で、Iさんの仕事が終わるのを待つことができました。
■ついているから「百々ちん」
一応、3日間はあの男性から「返せ!」と言われないか、Iさんは待っていました。でも、何の音沙汰もありません。それなら完全にうちの子にしてしまおうと、動物病院へ。各種検査をし、ワクチンも打ってもらいました。
この時、名前を尋ねられたので「百々」と答えます。ガソリンスタンドのスタッフ全員で考えた名前です。しかし検査の結果、男の子と分かったので「百々」は可愛すぎます。ちょっと考えて、男の子ならば「ちん」がついているので、「百々ちん」という名前にしました。
晴れてIさんの家の猫になった百々ちんは、3匹の先住猫にもご挨拶。子猫の百々ちんは先住猫たちに興味津々です。なのに、先住猫たちは素っ気ない。「ふーん、来たんだ」という感じ。
そこで百々ちんは遊んでもらうために、文字通り立ち上がりました。
■バンザイ猫の気遣い
なんとバンザイをし始めたのです。両手を広げ先住猫たちにアピールします。
「ぼくとあそびましょう!」
これが長年続く百々ちんのバンザイの始まりです。グイグイと他の猫の領域を侵害しないアピール方法なので、自然と先住猫たちの仲間に。ご飯の時は新入りらしく、先住猫が食べ終わるまで待つんです。おもちゃも他の猫が遊びたそうにしていたら渡し、Iさんのお膝に乗りたがっている猫がいたら譲る。
そんな気遣いの猫・百々ちんがIさんを独り占めできるシチュエーションがあるんです。それはIさんが寝転んでいる時。Iさんの胸の上に乗るんです。不安定な場所なので他の猫は乗ることがないので、百々ちんは安心してIさんを独り占めできます。
Iさんは百々ちんの気遣いが分かっていますから、この時ばかりは百々ちんに100%の愛情を注ぎます。
■支えあうからこそ家族
もちろん、この時だけでなく、他の猫が百々ちんを虐めていたらIさんは飛んでいっていました。だから、百々ちんはこう思っていたみたい。
「かあさんは、ぼくをいつも助けてくれる」
こうやってIさんからたくさんの愛情をもらっていたからこそ、百々ちんは一緒に暮らす猫たちに気遣いと優しさを配ることができたんです。新たに保護された猫が家族に加わると、オリエンテーションみたいなこともしてくれたんですよ。
百々ちんがお世話をした猫たちは、百々ちんと同じく気遣いができる猫になりました。だからね、Iさんも百々ちんと同じように思っていたんですよ。「百々ちんはいつも家族を助けてくれる」って。
■最後の気遣い
こんな日々が永遠に続くと思っていたのに、病魔は10歳を超えた百々ちんを襲います。腎臓病です。動物病院に毎日通うのですが、悪化の一途をたどります。Iさんは自分の無力さに打ちのめされました。
「百々ちんは、私が助けてくれると思っているのに…」
百々ちんはみんなと追いかけっこやプロレスがしたいのに、思うように体が動かない。もうバンザイもできません。みんながいるリビングに足を踏み入れることもできなくなりました。遠くから元気に楽しそうに過ごす猫たちの姿を眺めているだけ。
これが最後の百々ちんの気遣いでした。自分のために心を砕かないでほしい。みんなは、当たり前の日々を過ごしてほしい。
最後の最後まで気遣いを見せた百々ちんは、ちょうどIさんの休みの日である2019年1月21日の早朝、ゆっくりと旅立っていきました。Iさんの腕の中で。
その日のうちに荼毘にふされ、市営の動物霊園に埋葬された百々ちん。空虚な気持ちを抱えIさんが帰宅すると、同居の猫たちが一斉に鳴くんです。百々ちんがどこにいるのか分かっているよう。
それから3日ほど、猫たちは鳴き続けました。Iさんと一緒に「泣き」ました。
■変わりゆく景色の中で変わらないもの
あれから4年。百々ちんがいない生活が当たり前になっています。百々ちんと出会ったころとは街の景色が変わり、百々ちんの生家のゴミ屋敷の主の男性は亡くなり今では空き家に。
様々なものが変わりゆく中、変わらないものがあります。それは「百々ちんはいつも家族を助けてくれる」ということ。百々ちんがいなくなっても、猫たちはおたがいに譲りあって仲良く暮らしています。
「また百々ちんに助けられちゃったな」
こんな猫たちの姿に、Iさんは百々ちんが大きな存在だったと改めて感じました。感謝を伝えたいのに、そばにいないもどかしさがあります。
でも、心の中で何度も言っている言葉があるんです。それは、「永遠に愛している」。虹の橋のたもとにいる百々ちんに届きますように。
(まいどなニュース特約・ふじかわ 陽子)
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