21歳女性を陵辱、遺体をバラバラに 警視庁捜査一課・ルーシー事件 元刑事に迫ったドキュメンタリー監督に聞いた
2001年2月。神奈川県三浦市の海岸にある洞窟に放置された浴槽の中から、バラバラに切断された遺体が発見された。六本木のナイトクラブでホステスとして働いていたイギリス人女性ルーシー・ブラックマンさんと判明した。
■元刑事たちの証言から紐解く事件
ルーシーさんには半年前から捜索願いが出されており、家族が来日して情報提供を呼び掛けていた。当時の首相トニー・ブレアがコメントを出すほどで、イギリス政府も関心を寄せていた。報道が過熱する中で迎えた遺体の発見。刑事たちはどのような思いを抱きながら捜査を進め、犯人逮捕へと駒を進めていったのだろうか?
7月26日からNetflix で独占配信される『警視庁捜査一課 ルーシー・ブラックマン事件』は、捜査の内幕を警視庁捜査一課の元刑事たちのインタビューを通して紐解くドキュメンタリー。警視庁捜査官への綿密な取材に基づいた高尾昌司によるノンフィクション『刑事たちの挽歌 警視庁捜査一課 ルーシー事件』をベースに、山本兵衛監督がメガフォンを取った。
山本監督はこれまで、監督作品にオリンパス事件に迫った『サムライと愚か者‐オリンパス事件の全貌-』や、プロデュース作品にカルロス・ゴーンの半生を描く『逃亡者 カルロス・ゴーン 数奇な人生』など骨太なドキュメンタリーを手掛けてきた。
■世界に届けるべくNetflixを選択
日本でも話題となったリチャード・ロイド・パリーによるノンフィクション『黒い迷宮 ルーシー・ブラックマン事件15年目の真実』のドラマ化がBBCで決定するなど、事件発生後20年を超えてもなお耳目を集めるこの事件。
山本監督は『刑事たちの挽歌』をベースに事件を追った理由について「日本とイギリス2つの文化や価値観が衝突するストーリーの中に、自分の監督としての独特な視点を見出せるのではないかと思った。捜査員の方がいまだに遺体発見現場に足を運んだり、イギリスにあるルーシーさんのお墓を訪れたりしている事実にも心を動かされた。加えて、現在も大きな社会課題である性犯罪への対応のあり方もテーマの一つになると思った」と明かす。
企画の立ち上げは4年ほど前。発表先をNetflixにしたのは「その当時Netflixは数々の良質なドキュメンタリー作品で株を挙げていた最中であり、この事件を取り上げるならば世界に向けて発信したい」という思いがあったからだ。スタッフ編成は日本と海外の混合で「Netflix側が納得するクオリティを達成できるスタッフという条件のもとバランスよく編成。混合にしたのは海外のレベルに日本人スタッフを引き上げていくという狙いがあった」と納得の布陣で撮影に入った。
■立ちはだかる日本的な壁
まずプロデューサーが直面したのは「前例がない」という、いかにも日本的な壁だった。「警視庁に協力をお願いしたが、カメラの前での取材を許可してくれたのは当時捜査にあたったOBのみ。現役の方も話はしてくれるものの、カメラを回すのはダメ。被害者家族とのやりとりを担当した捜査官の1人も、警視庁の許可が下りなかったことで取材はNG。『前例がない』という理由だった。OBの中にも『この人がやるならばやる』『この人がダメならばダメ』という警察組織ならではの暗黙の了解のようなものがあった」と山本監督。
元ベテラン捜査官たちの撮影も容易ではなかった。「取材を快諾してくれたOBは口をそろえて『ここまで大きな事件に発展するとは思わなかった』といい、20年以上前の事件とは思えないほど鮮明に記憶していた。しかし刑事という職業柄身についた鎧というのか、壁を感じた。個人としての感情を深堀し、聞きだしたいディテールを引き出すために、どのように聞けばいい反応が返ってくるのか。熟考しながらの取材だった」。
計10人の女性を薬物で眠らせて凌辱し、ルーシーさんとカリタ・リジウェイさんを死亡させた疑いで逮捕されたのは織原城二。裁判では猥褻目的の誘拐や死体損壊・遺棄罪で無期懲役が確定したが、準強姦致死に関しては無罪となっている。一体どのような人物だったのか。
「今作の中で彼を描くにはどのような形が好ましいのかという議論は製作の段階でもあった。OBの中には明確な犯人像を持っている方もいた。しかし今回は刑事視点の物語であるため、彼について深く描くとなると軸がブレる。訴訟リスクも考えられたので、あえて彼のコメントを取材したり、アプローチしたりする必要もないだろうと判断した。本作製作に関してもNetflix側や自分の製作会社の弁護士とも相談しながら慎重に進めた」。
■世界配信が急遽延期された理由
23年前の事件ではあるが、捜査官たちの悔しさなどを聞くと、現代にも通じる問題があると山本監督は痛感した。「性犯罪に対してどのように向き合っていくべきなのか、それは現代の日本でも課題の一つ。現代社会に教訓としての警鐘を鳴らす犯罪ドキュメンタリーが作られにくい日本において、このような社会的事件があったことを提示する意味でも製作する意義はある。監督した自分自身にさえ学びは多かった」。
本来であれば『警視庁捜査一課 ルーシー・ブラックマン事件』は昨年末に世界配信される予定だったが、ある事情で延期されていた。事件当時何度も来日し、娘を見つけ出すために孤軍奮闘していた実父ティム・ブラックマン氏が急遽取材に応じてくれることになったからだ。
「スキャンダラスな話ではなく、ルーシーさんの人柄をしっかり描きたいとダメ元で取材をお願いした結果、ギリギリのところでOKが出た。ティムさん以外にもルーシーさんの周辺の人物にも取材をお願いしたものの『今は話せない』と全て断られた。ティムさん自身もある程度は心の整理がついているようだったが、娘を失った心の傷は癒えていない様子だった」と事件が残した波紋と傷跡の大きさを目の当たりにした。
本作を作り終えた後、Netflixでインターナショナル版の製作も決定。このインターナショナル版は日本で視聴することはできないが、日本の警察よりもティム氏らのインタビューがより盛り込まれているという。日本のみならず、世界からのリアクションを山本監督は期待している。
(まいどなニュース特約・石井 隼人)