「避けたい外資撤退」「良い国と思われたい」…半導体規制に、中国が過剰な「対抗措置」を取りにくいワケ
最近、先端半導体を駆使して軍の近代化、ハイテク化を押し進めたい中国と、それをどうしても抑えたい米国との間で覇権競争がヒートアップし、日本もそれに巻き込まれようとしている。
日本は7月23日、先端半導体に必要な製造装置など23品目で対中輸出規制を実行に移し始めた。オランダも6月30日、先端半導体製造装置の輸出管理を9月1日からさらに強化すると発表し、米国も輸出規制品目をさらに拡大する見込みだ。
一方、中国は8月1日より、希少金属のガリウムとゲルマニウムの輸出規制を開始する。ガリウムとゲルマニウムは半導体の材料として使われ、日本はガリウム輸入を中国に依存しており、今後双方の間で先端半導体を巡って貿易摩擦が拡大していく可能性が高い。
日本企業の間では、今後中国がどういった対抗措置を取ってくるかに心配の声が広がっている。中国が日本の最大の貿易相手国だとすると、先端半導体ではなく、他にも経済的圧力を掛ける手段は多々あり、半導体とは関係のない日本企業にまで懸念が拡大するのは当然のことだろう。しかし、筆者は中国には必要以上に経済的圧力を掛けられない事情があり、日本企業が懸念するような事態にはならない可能性も十分にあるように思う。
1つの根拠は、外資の脱中国化と国内の失業率である。冒頭でも示したように、今日先端半導体分野で対立がヒートアップしているが、仮にここで中国が対抗措置として他の業界や業種に影響が広がるような対抗措置に出ると、欧米や日本など外資企業の脱中国化にいっそう拍車がかかる恐れがある。
既にデリスキングの観点から、外資系企業の脱中国依存が進んでいるが、経済成長率が鈍化する中国としては外資の撤退を最小限に抑えたいのが本音だ。これまで世界の工場として外資を積極的に受け入れ、それをテコにして経済成長を遂げてきた中国としては、政治的な外圧より経済アクターの撤退の方が恐ろしい問題だ。中国政府が最近イーロンマスクやビルゲイツの訪中を手厚く歓迎したのはその証だろう。
そして、中国国家統計局は最近、今年3月の若者(16─24歳)の失業率が19.7%に上り、6月の公式統計では過去最高の21.3%に達したと発表した。習政権が恐れるのはこういった若い世代の間で経済的、社会的不満が広がり、その矛先が共産党政権に向かうことである。そういった将来の懸念材料を抑えるためにも、経済的に外資の脱中国を抑える必要がある。そうなってくると、米国などに対して過剰な対抗措置が取りづらいと言えよう。
もう1つが、第三諸国が中国をどう観るかだ。今日の先端半導体覇権競争は、主に米国と中国、日本や台湾、韓国やオランダなどが主なアクターとなっているが、当然ながら他の国々はその行方を注視している。
習政権は中国式現代化、社会主義現代化強国の実現など「強い中国」を作ろうとしているが、そのためにはグローバルサウスや欧州とも安定的な関係を維持しなければならない。米中対立が深まる中、今習政権にとって重要なのが世界からの「良い中国」のイメージ作りであり、諸外国から信頼を獲得する必要がある。習政権は今日、「グローバルサウスがどう中国を観ているか」「中国と良好な関係を維持してきた途上国が米国寄りの姿勢に転じていないか」などに気を配っている。そうなれば、中国としては過剰な対抗措置は取りづらくなる。
中国としては、「中国は関係が停滞、悪化すれば経済的威圧をすぐに掛けてくる」「やっぱり中国との経済関係を見直そう」との声がグローバルサウスの間で広がり、中国の「良いイメージ」が低下することを警戒している。
無論、台湾有事などが勃発すれば話は別となるが、現代の状態が続く限り、以上のような理由で中国側にも難しい事情があると言えよう。
◆治安太郎(ちあん・たろう) 国際情勢専門家。各国の政治や経済、社会事情に詳しい。各国の防衛、治安当局者と強いパイプを持ち、日々情報交換や情報共有を行い、対外発信として執筆活動を行う。