最終回は15秒ルールでハモすきに舌鼓、肝、皮、ほほ肉まで食べ尽くす~鉄爺のおいしんぼ⑧

 昨年8月から書き始めたこのブログも丸々1年。53本目の今回をもって終了することになった。自分なりに最後の節目とするテーマの候補はいくつかあったのだが、飲んで、食べて、遊んで、人と交わって…満喫したシニアライフリポートの締めくくりは、DNAが赴くままのグルメ話にすることにした。

 ハモがおいいしいこの時期になると、必ず何度か足を運ぶ店が神戸新開地にある。「ととや」という料理屋で、こちらの本業は近くにあるハモのすり身を使った焼き通しの蒲鉾屋さん。この「三笠屋」の創業は文政2年(1819年)、200年を超える老舗の名店だ。というわけでハモのことならおまかせである。

 初めてお店に入ったのは5年ほど前のこと。神戸の飲み仲間と一緒だった。そのときにフルコースでいただいたハモ料理の数々は、まさに究極といえた。料金も極めてリーズナブル。以来、初夏から秋にかけてのハモ、冬場のふぐを堪能するために足を運ぶ。

 最初に出てきたのはハモの子(卵巣)の煮付けと、ナマ肝。ハモの肝を、しかもナマで食べたのもこの店での初体験だった。「ラッキーでしたね。昨日だったら肝はなかったんですよ」と女将がうれしそうに運んで来た。ごま油をまぶして口に運ぶ。プリッとした歯ごたえに続いて得も言われぬ甘みが口に広がる。

 湯引きに続いて、この店の名物のひとつでもあるほほ肉の天ぷらが出てきた。三角形に尖ったあの獰猛な顔付きからは想像のできない上品な白身が、口の中でほろほろとほどける。

 続いて皮炙り。皮についた薄い身を皮ごと蒲焼き風に焼いてある。これに蒲焼きの鮨が2貫出て来て、ようやく真打ちのハモすきの出番となった。

 初めて店を訪ねたときのことで、いまだに忘れられないのがこのハモすきへのお店のこだわりだった。カセットコンロが運ばれ、ダシの入った土鍋がその上に置かれる。コンロに点火したのは厨房からテーブルのそばにやって来た若主人。コンロの火を微妙な中火の弱火程度に設定すると「このツマミは最後までこのまま。絶対に触らないでくださいよ」と有無を言わせぬ調子で伝えられた。

 「魚の鍋は絶対に沸騰させてはダメ。この程度で十分に火は通りますから。ぐらっとさせてしまうと、その瞬間に身が固くなってしまいます。台無しですよ」

 大皿いっぱいにきれいに並べられたハモの身が運ばれてくると、さらに厳しいルールが。

 「身を入れたら15秒です。いいですか。それを少しでも過ぎたらダメですよ」

 15秒とはまた何とも微妙な。一緒にいた仲間が思わず腕時計を眺め始めた。ただ案ずるまでもなく若主人が鍋の面倒を見てくれた。人数分の切り身を投じ、身にしみついた15秒の後に今度は順次取り出してそれぞれに取り分けてくれる。

 細かく骨切りされ、湯がかれて花が開いたようになった身を口に運ぶと、さすがに絶妙。ナマの領域から4分の3歩、火が通った領域に踏み出した切り身の舌触りに魅了される。

 感じ入っている間もなく、若主人が次々に皿から鍋へ、15秒後にはそれぞれの器へ取り分けた切り身が待ち受けている。結局この日、大皿いっぱいに広げられた切り身がすべてなくなるまで、15秒当番を若主人がこなしてくれた。厨房の仕事はさておき、最上の状態のハモを、と見せてもらったこのこだわり、そして情熱。さすがに2回目以降は「15秒ですよ」と言い置いて厨房に戻るようになったが、時折視線をこちらに向けて鍋に身を投じたまま話にうつつを抜かしていないか、チェックされていることはよくわかっている。

 面白いもので、脇役で出てくるハモのすり身のつくねについては「じっくり煮込んでくださいね」というのだ。

 ハモ料理を好む京都の習わしに従って、旬は夏の魚と思われがちだが、秋にももう一度身に脂の乗る時期がやって来る。ただ京都では見向きもされないので、夏の時期のようには売れない。ということは卸値が下がる、漁師は獲ってももうからないので熱が入らない、そんなスパイラルを経て「ハモは夏」というのが定説になってしまったそうだ。

 当然ながら「ととや」には秋もかなり遅い時期までハモが入る。フグのシーズン近くまでおいしいハモがいただけることもこの店で学んだ。15秒、いまでは空でほぼピッタリ、数えられるようになった。

 さて、腹もくちくなった鉄爺の今後は。リタイアと同時に購入したツーリング用のロードバイクも自宅の部屋の中で出番を待っている。旅の予定もぎっしり。ゴルフ、飲み会…とりあえず当面はシニアライフのテーマとした「暇を持て余さないこと」だけは間違いなさそうだ。

(まいどなニュース特約・沼田 伸彦)

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