【ビッグモーター】保険トラブルに巻き込まれないために…契約者ができること 不正の背景に「情報の非対称性」豊田真由子が指摘
今回のコラムは「ビッグモーター不正『一企業の問題ではない』豊田真由子が指摘 悪質な構図『保険制度を根本から揺るがす』」に続く後編となります。霞が関の省庁間人事で、金融庁で保険業法、損害保険・生命保険制度を担当した経験もある豊田真由子氏が、ビッグモーター社の保険不正請求事件について、問題点や今後の見通し、消費者はどうすればよいかなどについて解説します。
※本件については、各所管省庁による調査等が進められており、事態の進展も想定されますが、本稿は執筆時点(2023年7月31日)での情報に基づいたものです
■車の販売・修理業と保険代理業を兼ねているのは、どういうこと?
中古車販売や修理、自動車整備を行うビッグモーター社が、損保会社の保険代理店にもなっており、中古車を購入した顧客に対して、代理店契約をしている損保会社の自賠責・自動車保険(※)への加入を勧め、一方、損保会社は、自社の保険に加入する保険契約者が事故などを起こした場合に、ビッグモーター社の修理工場を紹介するという構図になっていました。ビックモーター社は、修理の紹介実績に応じて、自賠責・自動車保険を各損保会社に割り振っていたという指摘もあります。
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(※)自賠責保険と自動車保険
自賠責保険は、法律で義務付けられ、自動車事故の被害者救済を目的とし、補償される範囲は「対人事故の賠償損害」のみで、支払限度額が定額で決まっています。
自動車保険は、任意保険で、対人事故の賠償損害につき、自賠責保険だけでは足りない部分を上乗せで補償するほか、対物事故の賠償損害や、自身や同乗者の死亡や傷害、自車の損害などを補償します。加入率は対人・対物賠償で約75%です(2022年3月末)。今回のような事故の場合の車両修理に使われるのは、「自動車保険」ということになります。
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保険代理店は、保険会社との委託契約により、その代理人として保険契約を締結する権限を与えられ、内閣総理大臣の登録(保険業法276条)が求められるなど、保険業法の様々な規制がかかります。
本業+保険代理業は、自動車関連事業だけではなく、例えば、住宅の販売や賃貸を行う住宅会社や不動産業者、銀行等が保険代理店となり、住宅の販売や賃貸の際に、火災保険を勧誘・締結するということもあります。
保険代理店には、1社の保険商品のみを販売している専属代理店と、複数の保険会社の保険商品を販売している乗合代理店がありますが、ビッグモーター社は、7社の損保会社の乗合保険代理店となっていました。
もちろん「車を購入した際に、どの保険会社と契約するか」、「事故の際に、どの修理業者に修理を依頼するか」は、車所有者の自由であり、勧められた保険会社や修理業者と契約しなければいけないわけではありませんが、「自分で探すのも面倒だし…」ということで、そのまま契約するケースも多いのではないかと思います。
消費者の色々な手間が省けるといったメリットもあり、こうしたシステム自体が必ずしもわるいとはいえませんが、事業者には、有利な立場にあるからこその厳格な自制が求められていると思います。
■損保会社のかかわりは?
損保会社は、ビッグモーター社に対し、損害賠償請求及び保険代理店の委託契約を解除する方向ということで、保険契約上、保険金は、保険会社から保険契約者(車所有者)に支払われたものなので、損保会社は、損害賠償請求という形で、過大に支払った分をビッグモーター社から取り戻すということになります。
本来、保険会社は、修理業者としてのビッグモーター社に対して、自動車の被害状況や修理代などについて適正であるかを厳しくチェックする立場にあります(※)が、一方で、保険代理店としてのビッグモーター社は、自賠責・自動車保険の契約を、代理で大量に取って来てくれるありがたい存在です。損保会社は、利益をもたらしてくれる相手に対して、一方で、厳しく査定をしなければいけない、という状況にあり、それがどこまで厳格に行われていたか、という問題になります。
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(※)具体的には、書類上のチェックだけではなく、本来は、自動車事故の査定には、保険会社側のアジャスター(損害調査の専門資格を有する者)が現車を確認し、「適正な作業範囲や価格」が決められる、また、軽微な事故については、写真による見積りで済ませることもありますが、この場合でも、事故の状況と車の損傷状態が大きく食い違うような場合には、アジャスターによる現車確認が行われることが求められます。
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修理業者と保険会社が連携をしていることで、保険請求などの手続きが事務的にスムーズに進むなどの実務上のメリットもあったと思いますが、保険契約者保護に欠ける結果になるといったことが、もしあったとするのであれば、全く持って論外です。損保会社からビッグモーター社への出向者もおり、不正を認識していたかどうかといったことを含め、金融庁により、両社の取引実態や、保険契約者への対応について、契約者保護の観点から調査が行われていますので、注視したいと思います。
ただ、わたくしが金融庁で仕事をしていたときに、日々接していた生損保会社の方々は、保険という公共性の高い制度によって、いかに契約者や社会の安全・安心を守っていくか、ということに注力しておられたと思います。(付け加えると、保険会社は、悪質な保険の不正請求(極論すれば、保険金殺人など)に、毅然と対峙しないといけないこともあり、相当の胆力の要求される仕事、という印象もあります)
今回のことで、保険業界全体に対するイメージや信頼が損なわれてしまうようなことがあるとするならば、非常に残念なことだと思います。
■ 今後どうなる?
本件は、保険制度の根幹にもかかわり、社会全体に大きな影響を与える可能性があり、国も迅速に動いています。国土交通省が、道路運送車両法関連で、ビックモーター社の34事業所に立入検査に入り、金融庁が、損保会社及びビッグモーター社に対し、保険業法に基づく報告徴求命令を出しました。
ビッグモーター社に対してどういった行政処分が行われるかは、「どういった不正が、どういう指揮命令系統の下で、どのように、どれくらい行われていたのか」といったことについての詳細が、どう認定されるかによりますので、あくまでもこういう可能性が考えられるという話ですが、想定され得るものとしては、道路運送車両法上、「民間車検場」の指定の取り消しや、分解整備を行える「認証工場」の取消し、業務停止など。また、保険業法上は、業務改善命令、業務停止、保険募集の登録の取消しなどがあります。
上記いずれの法律にも、事案に応じた懲役や罰金刑があります。
そして、違反行為が法人の業務又は財産に関して行われた場合には、実際の行為者(実行した社員や上司)のほか、その法人(ビッグモーター社)に対しても罰則を科することができます(両罰規定)(道路運送車両法111条、保険業法321条)。
また、刑法の器物損壊罪などについても考え得るところでありますが、刑法上の刑を科されるべき者は、自然人(権利義務の主体となる個人)であることが前提とされますので、今回の件でいえば、修理のために預かった車を故意に傷付ける、店舗前の樹木を除草剤を使って枯らすという行為を、実際に行った社員が刑罰の対象となります。ただ、上司からの指示があった場合に、共謀の事実等が認定されれば、共同正犯となる可能性があります。
これまで公にされている内容を見る限りは、違法行為を行ったビッグモーター社の社員は、自己の利益のためというよりは、会社や上司から課されたノルマやプレッシャーに耐えかねて、という面が大きいように思われますので、個人の責に帰すということではなく、一体何がどうなってこうなってしまったのか、を精緻に分析し、行政や司法を通じて、正しく是正していただくことが必要だと思います。
また、企業経営がどうなっていくか、ということは、消費者がどう判断するかという市場原理に基づくわけですが、現在、販売・事業とも売り上げが大きく落ち込んでいるとのこともあり、非上場の同族経営であることも踏まえれば、民事の損害賠償請求などに適切に対処できるようにしていただくことが必要と恩います。
私は、メディアに携わらせていただく者として、なんであれ、「個々の事件について、センセーショナルに取り上げて、終わり」ではなく、それが起こった真の原因・背景は何か、そうした同様の事案を防ぐためには、そして、さらに社会を良くしていくためには、具体的に何をすることが必要であるか、を考えていくことが大切と思っており、今回の件にも、その必要性を強く感じます。
■こうした事態を防ぐために保険契約者ができることは?
「自分の大事な車をプロが適切に修理をしてくれると思っていたら、故意に傷付けられ、結果的に自動車保険の保険料も上がってしまっていた」という事態は、本当にびっくり、かつ、腹立たしいことだと思います。
消費者側がこうしたことを防ぐにはどうしたらよいでしょうか?
修理に出す前の車の状態をご自身で確認し、写真を撮っておく(大きな事故で入院されている、といった場合は難しいと思いますが…)、修理業者任せにせず、どこをどう修理するのか、それにかかる費用はいくらか、といった見積もりをみせてもらう、といったことが有効だと思います。「ごまかしても、どうせバレない」と思われると、不正を行うインセンティブが大きくなります。
消費者が、ご自身が契約の主体で金銭負担をしているという認識の下、保険という専門的で複雑な制度に関する「情報の非対称性」をできるだけ埋めていくことが、大切と思います。
保険・保険代理業や自動車修理・整備業を担う方々のほとんどは、真面目に誠実に、技術を磨き、顧客のためを思って、日々汗をかかれています。今回の事件で、こうした方々に、広く不信の目が向けられるようになってしまうことになれば、それは本当に残念なことです。
事業に携わる方々は、プロフェッショナルとして誠実に職務に邁進していただく、そして顧客の側も、契約や修理の内容を把握し、事業者の仕事をきちんと評価する、そうして、両者の間の「信頼関係」がきちんと維持されていくことが、社会にとっても望ましいと思います。
◆豊田 真由子 1974年生まれ、千葉県船橋市出身。東京大学法学部を卒業後、厚生労働省に入省。ハーバード大学大学院へ国費留学、理学修士号(公衆衛生学)を取得。 医療、介護、福祉、保育、戦没者援護等、幅広い政策立案を担当し、金融庁にも出向。2009年、在ジュネーブ国際機関日本政府代表部一等書記官として、新型インフルエンザパンデミックにWHOとともに対処した。衆議院議員2期、文部科学大臣政務官、オリンピック・パラリンピック大臣政務官などを務めた。
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