ビッグモーター不正「一企業の問題ではない」豊田真由子が指摘 悪質な構図「保険制度を根本から揺るがす」

ビッグモーター社の保険不正請求事件は、保険制度の根幹に関わる問題を包含しており、同社を利用していた方に限らず、広く社会に影響を与える可能性があります。金融庁での経験(※)も踏まえ、問題点や今後の見通し、消費者はどうすればよいか、などを整理したいと思います。

保険や自動車を巡る法律や制度は、かなり複雑になっており、不正が行われやすい背景のひとつに、国民(保険契約者)と保険業界側との間の「情報の非対称性」(両者が有する情報の質や量に大きな差があり、不均衡な取引を誘因する)があると思いますので、本稿では「一体なにがどうなっているか」が分かるよう、適宜、制度の説明等を加えております。

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(※)私は、霞が関の省庁間人事で、金融庁で保険業法、損害保険・生命保険制度を担当し、現在のペット保険や家財保険など、それ以前は「共済」として民間で自由に行われていたものを、「少額短期保険業」として、新たに保険業法の規制をかけるという法改正等を担当し、「保険業法Q&A」(保険毎日新聞社)という本を執筆しました。(余談ですが、原稿料・印税等は一切いただいておりませんこと申し添えます。)

※本件については、各所管省庁による調査等が進められており、事態の進展も想定されますが、本稿は執筆時点(2023年7月31日)での情報に基づいたものです

■事案の衝撃

ビッグモーター社については、保険の不正請求や虚偽契約、街路樹問題などが判明しており、その背景に、過大なノルマや恣意的な人事、ガバナンスの欠如、旧態依然の企業文化、非上場の同族経営の弊害等が問われています。今回の件が「一企業の問題」ということで済ませられないポイントのひとつに、「保険の不正請求が、保険代理店であり、かつ修理業者でもある大手事業者によって、大規模に行われていた」という衝撃があります。

「損害保険」は、多くの人々が少しずつお金を出し合って、その中の誰かが事故や災害等で損害を被ったときに、 出し合ったお金で補償する「相互扶助」の制度であり、人生において遭遇可能性のある様々なトラブルについて、金銭的な負担を軽減し、広く薄くリスク分散をするものです。

保険制度は、リスクの異なる契約者が大量に加入することで、保険金を支払う確率が均一化する「大数の法則」がその前提にあります。したがって、故意に保険事故を起こす、被害を実際より大きく捏造する、といった手口で行われる不正請求は、こうした保険原理のバランスを崩すことを意味します。

結果として、保険会社から過大な保険金が支払われる、保険契約者(車の所有者)の次期の保険料が上がる、自動車保険全体の保険料が上がる、といった「被害」が考えられます。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                 

さらに、ビッグモーター社は、自動車整備業も行っているので、果たして、車検や定期点検をきちんとやってくれているのだろうか?という、車に乗る上での、社会の安全安心の根幹に関わる点についても、不安が生じるのではないかと思います。

■保険の不正請求の実態

さすがに今回のような事案は驚きですが、残念ながら「保険の不正請求」自体は、決して珍しいことではありません。であるからこそ、保険会社は、不正が行われないよう、そして、行われた場合には適切に発見できるよう、調査等を徹底してきている、ということになります。

不正請求は、自動車保険関係以外でも、例えば、

・経年劣化や故意による住宅の損傷を、自然災害によるものとして、火災保険金を請求。(近年は「保険を使って修理ができる」と勧誘する悪徳な住宅修理サービスが増えており、国民生活センターへの相談件数が6,560件(2020年)と急増しています。)

・住宅などに自ら放火して、火災保険金を請求。

・高級車や時計が盗まれたと装って、盗難保険金を請求

・医療機関等と結託して、入通院実績を捏造や水増しして、医療保険金を請求

等など、世の中の保険の不正請求の手口は、多種多様です。

個別事例について保険会社側がチェックすることのほかにも、通報窓口として日本損害保険協会が設置した「保険金不正請求ホットライン」や、契約内容、保険金請求歴、不正請求等について損保会社等が相互に情報交換をする制度があり、不正請求の手口や不正請求歴のある個人や組織に共通する特徴を検知するような方法もとっています。最近では、IT技術やAI技術などを用いた不正請求検知システムなどの開発も行われています。

しかしながら、基本的に、上記に掲げた不正請求のケースやチェックの対象は、保険金を受け取る保険契約者自身が、不正な請求を行っている、あるいは、加担しているというケースになるわけですが、一方、ビッグモーター社の件は、そうした一般的な保険の不正請求のイメージと異なり、保険契約者(自動車所有者)(※)は、「何も知らないうちに、自分の車を修理業者に故意に傷付けられ、本来よりも過大な保険金が支払われている」という状況であり、さらに、保険代理店自体が修理を行っている業者であるという構図が、より巧妙で悪質なものとなっています。

車所有者にとっては、「修理に出した工場で、わざと車に傷を付けられ被害を捏造されていても、すべて修理されて戻ってくるので、分からない」、そして、「修理代は保険で賄われるので、一見、自分は損をしていないように見える」ため、ビッグモーター社によって行われた不正が、車所有者や外部からは認識されづらい、という限界があります。

損害保険実務は、「修理業者は、適切な修理をしてくれる」「保険会社は、きちんとチェックをしている」という前提の下に成り立っており、今回の件は、その前提を根底から揺るがすものです。

   ◇   ◇

(※)自損事故や車同士の事故における自動車保険の適用については、①自車を修理する場合と、②自分に過失がある場合に、相手の車の修理を、自分の加入する自動車保険でカバーする場合等がありますが、議論をシンプルにするために、①のケースの話をしています。

■具体的にどういう「被害」が生じている?

①保険会社から過大な保険金(=修理代)が支払われる(※)

②保険契約者(自動車所有者)の次回の保険料が上がる

③当該自動車保険自体の保険料が上がる。

   ◇   ◇

(※)損害保険契約の契約者は自動車の所有者なので、本来は、所有者が修理業者に修理代を払う、保険会社が修理代分の保険金を車所有者に支払う、ということになるわけですが、手続き簡素化で、保険会社が修理代分の保険金を、修理業者の口座に振り込む形を取ることが多くなっています。

   ◇   ◇

上記について、具体的に見てみます。

①過大な保険金の支払い

ビッグモーター社は、車体に故意に傷を付けたり、不要な部品交換や塗装をしたり、実施していない架空の作業を計上したりして、過大な保険金が支払われていたとのことで、同社の特別調査委が6月末にまとめた報告書によると、2022年11月以降の保険金申請約8000件のうち、1275件で不適切行為が見つかったとのことです。

②保険の等級が下がることによる、過大な保険料の支払い

個人の自動車保険では、1~20まで20段階の等級(ノンフリート等級)があり、等級の数字が大きいほど保険料の割引率は高くなります。等級は、1年間無事故だと翌年に1つ上がり、保険金支払対象事故があったら下がります。車両修理をした場合には、原則1等級または3等級下がり、その分、保険料が上がることになります。

また、本来は、修理代がそれほど高額でなければ、翌年の保険料が上がるよりも、修理代を自己負担で支払った方がよかったというケースで、修理代が不正によって高額になったために、保険を使わざるを得なかった場合もあります。保険を利用する場合には、免責部分といわれる修理代の一部を契約者が自己負担することもあります。

損保会社はこうした、不当に下げられた契約者の等級を是正し、契約者が払い過ぎた保険料を返還していく方針です。

上記①②の「被害」の是正については、ビッグモーター社の行った膨大な件数の修理について、正確な調査と情報開示とが必要になります。

③自動車保険の保険料率が上がる

保険料率は、「損害保険料率算出機構」が算定する参考純率(※)を目安に、保険会社ごとに定期的に改定が行われ、それによって保険料が変動します。今回のような一企業の不正請求が、即座に参考純率に影響を与えるということにはならないとは思いますが、こうしたことが広く横行するようなことになれば、理論的には、保険料が上がる可能性もあるということになります。

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(※)損害保険の保険料率の仕組み

損害保険の中でも特に国民生活に密着する保険については、社会性・公共性の観点から、法律に基づいて設立された非営利民間法人の「損害保険料率算出機構」が、会員保険会社等から大量のデータを収集し、科学的・工学的手法や保険数理などの合理的な手法を用いて、保険料率(自動車保険や火災保険などの「参考純率(純保険料率)」及び自賠責保険・地震保険の「基準料率(純保険料率+付加保険料率)」)を算出しています。独占禁止法遵守の観点から、損保会社には参考純率を使用する義務が課されているわけではありませんが、目安として利用されます。

損害保険料算出機構は、保険金の支払いの増加などによって、保険料率を変えます。例えば、2021年6月には、衝突被害軽減ブレーキなど、先進安全技術の普及促進等を背景とした交通事故減少の影響を受け、自動車保険の参考純率を、平均で3.9%引下げ、2023年6月には、自然災害などによる保険金支払いの増加とリスク環境を踏まえた対応により、住宅総合保険の参考純率について、全国平均で13.0%引き上げました。

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次回は、ビッグモーター社と損保会社との関係、今後の展開、消費者ができること、などを考えたいと思います。

◆豊田 真由子 1974年生まれ、千葉県船橋市出身。東京大学法学部を卒業後、厚生労働省に入省。ハーバード大学大学院へ国費留学、理学修士号(公衆衛生学)を取得。 医療、介護、福祉、保育、戦没者援護等、幅広い政策立案を担当し、金融庁にも出向。2009年、在ジュネーブ国際機関日本政府代表部一等書記官として、新型インフルエンザパンデミックにWHOとともに対処した。衆議院議員2期、文部科学大臣政務官、オリンピック・パラリンピック大臣政務官などを務めた。

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