ポケモンのあの「神曲」シンガーは京都出身の女性 4年前に原因不明の神経障害、どん底から見えた青空
人気アニメ「ポケットモンスター」。その数ある楽曲の中で、一部のファンから「神曲(かみきょく)」と呼ばれ、根強い人気を誇るエンディング曲がある。
曲のタイトルは「そこに空があるから」
♪振り向いてごらん 君のつけた道が
顔上げてごらん 未来を創るよ
頑張ることに 疲れたときには
空を見上げて 涙を流そう
動画サイト「ユーチューブ」での再生回数は数百万回に上る。アニメの曲なのに、子ども向けとは思えない深い歌詞と郷愁を帯びたメロディー。
ユーチューブの視聴者が書き込むコメント欄には、こんな言葉が並んでいる。
「ポケモン史上一番大好きな曲」
「毎度涙無しでは聞けません」
「頑張ろうって前を向けるよね」
「就活の時に自殺しようとしたことがあってふとこの曲を耳にしてすごい救われました」
「大人になった今、いっぱいいっぱいになって心身共に力が抜けない時、ふと思い出してこの曲を呟(つぶや)いたら体の力がふっと抜けました」
曲は今から20年前にリリースされた。しっとりと、魅惑的なファルセットで包み込むように歌っているのは、シンガーソングライターの江崎とし子さん(52)。
京都市西京区出身で、現在はカナダのバンクーバーで暮らしている。バラードからジャズまで幅広いナンバーを歌いこなし、京都の通り名のわらべ歌をアレンジした「丸竹夷(まるたけえびす)」という曲も発表している。
「そこに空があるから」とめぐり合ったのは、江崎さんが京都から東京に出て3年目。30歳を過ぎたころだった。
「エスニックな感じの曲で、地声とファルセットを行ったり来たりする。私の雰囲気にぴったりと思いました」
これをきっかけに、ポケモンシリーズの曲を3曲歌った。名前が売れ、人気歌手の中島美嘉さんや鬼束ちひろさんのバックコーラスに参加。作詞・作曲家の顔もあり、鹿児島・奄美大島出身のシンガー中(あたり)孝介さんらに楽曲を提供してきた。
ところが4年前、異変が体を襲う。強烈な顔の痛みとしびれ。三叉(さんさ)神経障害だった。
ちょうど、東京で長年一緒に暮らしたカナダ人の夫と結婚し、バンクーバーに移住したころ。音楽活動で日本とカナダを行ったり来たりし、慣れない環境にオーバーワークやストレスがたたっていた。
原因ははっきりしなかった。あまりの痛み、感覚異常に気がおかしくなりそうだった。
「食べるのも、しゃべるのも、歌うのも全部しんどい。歯医者さんで麻酔した時の感覚って分かりますよね。それがずっと続いていて、しかも痛みがある感じです」
死にたい、とさえ思った。
音楽活動を休止し、バンクーバーのゆったりとした時間や生き方に身をゆだねた。体と心を休め、自らを見つめ直した。しかし症状が収まることはなかった。
「逃げられないし、苦しいし、これからどうなるのかという恐怖感。でもそう思っていても仕方ない。生きるしかない。これが今の私と受けいれて、いま1年ぐらいがたちました」
途中、大好きなはずの音楽に戻ろうとした。でもそのたびに痛みがひどくなる。そのくり返し。
半ば引退したような形になっていた自分の背中を押してくれたのは、30年前に京都でデビューのきっかけを作ってくれた「恩人」からの出演依頼だった。
それは、去年の冬のこと。
「さ~らりとした梅酒」など数多くのCM曲を手がけた杜若清司さん(55)=右京区=から、過去のCM作品を生演奏で再現するコンサートをするので出演してもらえないか、と打診があった。
江崎さんが杜若さんと初めて会ったのは20代前半のころ。四条大宮に店を構え、ことし5月に惜しまれつつ閉店したジャズバー「ふら~っとホーム」(中京区)で顔を合わせた。
ちょうど、もがいていた時期だった。
山下達郎さんにあこがれていた少女は、京都市立西京商業高(現・西京高)に通いながら市内の音楽学校でレッスンを受けた。その後、京都を中心にライブ活動をしていたが、元々が引っ込み思案の性格。チャンスはなかなかめぐってこなかった。
当時CM業界で頭角を現しつつあった杜若さんを通じて、初めてテレビに歌声が流れる仕事をもらえた。「チョーヤ」の梅酒のCM曲だった。
杜若さんのプロデュースで3年かけて初のCDアルバムを作った。この作品を引っさげて28歳の時、思いきって東京へ。音楽事務所を回り、自ら営業した。
「この音源があったから助けられた」と振り返るように、東京でも少しずつ存在が認められるようになった。
飛躍のきっかけをつくってくれた恩人であり、自分の症状も知っている杜若さんからのオファー。半年ぐらい声が出せない時期もあったが、二つ返事で引き受けた。
7月上旬、江崎さんの姿は府民ホール・アルティ(上京区)のステージにあった。人前で歌うのは4年ぶり。
「少しずつ復帰しているところです」とさりげなく、お客さんに告げた。
1曲目。「さらりとした梅酒」をつややかに、かつ即興でスキャットを交えて情念を込める。
2曲目は、あのポケモンの「神曲」。ピアノ、フルート、杜若さんのパーカッションに合わせて、府民ホール・アルティに響いた歌声は、まるで魂の叫びのように聞こえた。
♪頬なでる風が きっと言うから
「転んでもいいさ 君は君がすてきさ」
傷つかぬ者に 青空は見えない
迷い歩むたび 生命(いのち)は輝く
実は歌っている時も、症状は消えていなかった。ステージで口の感覚がなくなっている自分に気づいていた。それでも笑えた。
「直前まで出演を辞退することも考えていたんです。でも人前に立ったら何十年もやっているので(経験が)助けてくれた感じですね。苦しい中で歌っている自分を客観視できた。いい経験、おもしろかったですよ。究極すぎて」
京都と東京での短い滞在を終え、7月17日にカナダへ帰国した。24時間ずっと痛みはある。症状自体は良くなっていない。これから先どうなるかわからない。けれど、新しい作品をどんどんつくっていきたい。
やっぱり私はミュージシャン。そんなことは再確認できた。
ユーチューブに自身のチャンネルがあり、「そこに空があるから」を歌っているライブ動画もアップしている。一部のファンから「神曲」と言われていることは、もちろん知っている。
20年前にこの曲のオーディションに合格したとき、「こんな名曲を私が歌っていいんやろか」と正直思った。でも今は、歌詞と自分の姿がシンクロする。
「人の人生に影響しているし、その使命をちゃんと持っておかないといけない。自分が歌っていて励まされることも、いっぱいあります。音楽って本当にすごいと思いますね」
♪傷つかぬ者に 青空は見えない
多くの人に共感を呼ぶ「神フレーズ」だ。私もいっぱい傷ついた。だからこそ見えた青空もある。あの歌はそっと教えてくれている。
江崎さんの公式ユーチューブチャンネルhttps://www.youtube.com/channel/UCNqVdB3stnwUaIZu5loNQXA
(まいどなニュース/京都新聞・国貞 仁志)