「別の意見にも耳を傾けてみる」女性記者演じた木竜麻生が伝えたいこと 100年前の負の歴史 関東大震災・福田村事件が映画化
「今年最大の問題作」と呼ばれるかもしれない。
1923年に発生した関東大震災直後の混乱や流言飛語を背景に、千葉県東葛飾郡福田村(現在の野田市)で薬売り行商人15人が村人たちに襲われ、幼児や妊婦を含む9人が殺害された。長らくタブーとされていたこの史実に向き合った映画『福田村事件』が、震災100年の節目に当たる9月1日から全国公開される。
■日本映画界の“強め”メンバー集結
オウム真理教を内部から捉えたドキュメンタリー『A』シリーズなどで知られる森達也監督の劇映画デビュー作であり、『Wの悲劇』『あちらにいる鬼』の名脚本家・荒井晴彦が企画者として、佐伯俊道(『少女暴行事件 赤い靴』)、井上淳一(『REVOLUTION+1』)と共同で脚本を執筆。一部制作予算をクラウドファンディングで集めたインディペンデント作品ながらも、井浦新、田中麗奈、永山瑛太、東出昌大、ピエール瀧、柄本明ら実力派がテーマに共鳴して集結した。事件をありのままに報道しようと孤軍奮闘する女性新聞記者を演じた木竜麻生(29)もその一人だ。
森監督や荒井ら製作陣の座組を見た際、木竜は「日本映画界の中でも“強め”のメンバーが集まっている。福田村事件というタブーのような史実を映画化しようという思いに対しても強い気概を感じた」といまだかつてない熱量を受け取ったという。
きわどい題材であるが、躊躇は皆無だった。「参加することで自分の中の考えにも新しい何かが生まれるだろうと、ためらいは一切なく全力でぶつかっていこうと思いました。先輩方の胸を借りる気持ちで、その船に乗せてもらいました」と参加への意気込みを振り返る。
■現代社会と変わらない構図
時代は今から100年前の大正末期。SNSなど当然ない。しかし差別意識を源流にした根の葉もない噂は瞬く間に浸透。善良であるはずの人々は噂に踊らされ、集団になった途端に悪意を剥き出しにする。この構図は今にも通ずるものがある。新聞記者という中立な立場で物語を生きた木竜も、それを痛感したそうだ。
「一人一人は決して悪い人ではないのに、集団になったら誤った方向に行ってしまうのは現代社会と変わらない。しかもSNSが当たり前の今は、顔や素性を伏せたままモノを言えてしまい匿名性が高い。噂やデマが拡散され、同調する人も続出してしまう。他者を容易に断罪できてしまうという意味では、現代の方が怖いと思いました」。
■大切なのは考え続けること
村人たちが流言飛語を鵜呑みにしてしまった背景には、孤独や不安が生み出した恐怖がある。
木竜は「SNS上で誰かを攻撃する理由もそこにある様な気がします。自分の中にある不安、孤独、恐怖を直視することは簡単なことではないと思います。しかし自分の中にある弱さを認めることで別の道や解決策が発見できるかもしれない」と言葉に力を込める。
本作に参加したことで木竜自身の意識も変わったという。
「新聞記者を演じたからかもしれませんが、自分の見たものに対する責任感を意識するようになりました。そして情報を受け取る側になった時も『本当にそうなのかな?』と疑って、別の意見にも耳を傾けてみる。絶対の正解なんてないのかもしれないけれど考え続ける。その継続が大切だと思うようになりました」
スクリーンに映し出される負の歴史。それを直視する観客の心に変化が訪れることを願っている。
木竜麻生(きりゅう・まい)
1994年7月1日生まれ、新潟県出身。『菊とギロチン』(2018)で300人の中から花菊役に選ばれ映画初主演。同年公開の『鈴木家の嘘』でも400人の中から選ばれ、鈴木富美役を射止めた。この2作品が評価され、毎日映画コンクールスポニチグランプリ新人賞やキネマ旬報ベスト・テン新人女優賞など数々の映画新人賞を受賞した。最近の主演作品『わたし達はおとな』(22/加藤拓也監督)では北京国際映画祭フォーワードフューチャー部門にて最優秀女優賞を受賞。その他の出演作として『ヘルドッグス』『Winny』などがある。
(まいどなニュース特約・石井 隼人)