ブリーダーから購入したばかりの猫が、感染症で死亡…「まさか、病気にかかっていたペットを販売?」責任は問えるか【弁護士が解説】
ブリーダーから迎えたばかりの猫が感染症で死亡してしまったという飼い主さんから、「病気にかかっていたペットを販売」したことへの責任を問いたいとの相談がありました。ペットに関する法律問題を取り扱っているあさひ法律事務所・代表弁護士の石井一旭氏が解説します。
【相談】ブリーダーから猫を購入して家に迎えたところ、どうも様子がおかしかったので、獣医師に診断を受けたところ、パルボウイルスにかかっていたことがわかりました。そこから必死に治療を受けさせたのですが、その甲斐なく、猫は衰弱死してしまいました。購入時にはすでに感染していたと思うのですが、ブリーダーは「しっかりと衛生管理をしており、ウチでパルボに感染したなんてありえない。おたくの管理が悪かったのではないのか」というばかりで責任を認めようとしません。こういうブリーダーに、なにか責任を問えないでしょうか。
■購入したてのペットに不調が見られた場合は…できるだけ早く動物病院の診断を
▽1 パルボウイルス感染の証明
犬や猫がパルボウイルスに感染して発症すると、激しい下痢や嘔吐、脱水症状などを引き起こし、幼い個体ですとそのまま死に至ることもしばしばあります。このウイルスは外界で半年間は生存し、わずかな量でも感染するなど、極めて感染力が強く、感染を防ぐためには徹底した消毒、汚染物品の廃棄、感染した個体の隔離などといった厳重な対策が必要になります。
ブリーダーがパルボ感染について責任を負う場合、こうした消毒費用、汚れた物品の廃棄費用に加え、治療費などの賠償を求めることができます。
しかし、ブリーダーが自身の責任を認めず、そのために飼い主からブリーダーの責任を追及しようとするならば、「その猫が譲渡時点でパルボに感染していたこと」を証明しなければいけません。責任を認めないブリーダーは調査に協力もしないでしょうから、結局、いつ・どこで、どの時点で、どういう理由によって感染したのかを証明することになり、これは一筋縄では行きません。感染症の感染経路の特定が極めて難しいことは、この3年あまり、新型コロナウイルスに悩まされ続けた我々が身をもって体感したことです。
猫ではなく犬の話ですが、参考になる事例があります。
平成22年1月25日東京地裁判決は、迎えて10日ほど経った後に体調を崩し、2週間後に死亡した犬が、購入時にパルボウイルスに感染していた疑いがあるとして譲渡人を訴えたケースです。この事例では、他に周囲にパルボに感染した犬はおらず、動物病院でもパルボに感染しているとの診断を受けておらず、カルテにも「何らかの疾患による下痢・嘔吐・低血糖」と書かれているだけだったために、「購入時に犬がパルボに感染していたことを示す的確な証拠がない」とされ、訴えは認められませんでした。
一方、購入後2日足らずの段階でパルボ感染との診断を受けていた横浜地裁川崎支部平成13年10月15日判決のケースでは、渡されて2日後に獣医が犬の便からパルボウイルスの抗体を検出していることなどから、買主が引渡しを受ける以前にパルボに感染していた、つまりブリーダーのところで感染したと考えられる、と認定され、感染した犬の代金、消毒代、他の犬の治療・入院費、廃棄した物品、亡くなった犬の葬儀費用など合計約100万円の賠償が認められました。
ここから学ぶべきことは、購入したてのペットに不調が見られた場合は、できるだけ早く動物病院に行って診断を受け(治療を受けさせることはもちろんですが)獣医師の診断記録を残しておくことが、後々ブリーダーや販売店の責任を追及する際にきわめて重要なポイントとなる、ということです。
▽2 ブリーダーの管理責任について
ブリーダーの責任が認められた横浜地裁川崎支部のケースについて、ブリーダーの管理体制を詳しく見てみましょう。
このケースでは、ブリーダーは自家繁殖を行っており、2名体制で10頭程度の子犬(成犬の数は不明)を飼育していました。人間が犬舎に入るときは毎回消毒と着替えを行っており、犬舎も朝晩定時に清掃されていたのですが、人間は常駐しておらず、糞をしてもすぐに取り替えられる環境ではなかったそうです。また、犬たちはみんな一緒に食事をとっていたとのことです。
裁判所は、被告がたった2名で成犬も含めて相当多数の犬を適切に管理できたか疑問であると指摘しました。また、パルボの強力な感染力を考えると、分がしばらく放置されたり子犬たちを一緒にして食餌を与えていたりする以上、他の犬や容器、糞などからパルボに感染した可能性も否定できない、としています。妥当な判断でしょう。
▽3 悪質な業者・ブリーダーを根絶するために
多くのブリーダーは動物愛護の精神をもって良心的な事業運営をしていますが、中には金儲け主義に走り、ブリーディングを「商品の生産」としか見ていないような、劣悪な環境で繁殖を繰り返させている悪質な業者も見られます。
横浜地裁のケースのブリーダーは、消毒や清掃など一応の管理はしていたようですが、パルボを発症した犬は母犬が祖母犬でもあるという極近親繁殖であったことが裁判で明らかにされています。極近親繁殖では奇形が生じる可能性が飛躍的に高まることを考えると、良質なブリーダーとは言い難く思われます。
ペット購入時にきちんとした業者を見定めることが必要となります。例えば繁殖場を一切見せないとか、親がいるのに頑なに会わせてくれないような場合は、きちんとしたブリーディングをしているのかどうか疑ってかかったほうがいいかもしれません。
◆石井 一旭(いしい・かずあき)京都市内に事務所を構えるあさひ法律事務所代表弁護士。近畿一円においてペットに関する法律相談を受け付けている。京都大学法学部卒業・京都大学法科大学院修了。「動物の法と政策研究会」「ペット法学会」会員。