刻々と変化していく生酒に感じる「諸行無常」…全国の日本酒を「お寺でチョイ飲み」 京都「てらのみ」イベントが話題

■お寺に珍しい日本酒が大集結

「月に一度、およそ20種類もの日本酒が味わえるお寺が京都にある」と話題になっています。イベントの名は「てらのみ」。実施しているのは二条城の南に位置する佛現寺(ぶつげんじ)です。

「てらのみ」の日に本堂にズラリと並ぶのは、吟味された純米酒の「生酒」(なまざけ/加熱処理をしていない酒のこと)です。「尾瀬の雪どけ」「萩の鶴」「酒和地(シュワッチ)」「まんさくの花」など日本各地の希少な銘柄をコップ1杯300円、全種類の飲み較べならば、わずか2000円で楽しめます。

ラインナップや数は毎回変化し、「とにかく、うまい!」「酒場でもこれほど多彩な生酒はなかなか揃わない」「お寺で酒を飲む背徳感も、いいスパイスになっている」と大好評。

毎月不定の日に開催される「てらのみ」は2022年5月からスタートし、8月27日で10回目を数えました。「おいしい日本酒が味わえるお寺がある」と噂が広がり、今や50人近い来訪者が境内に集う人気イベントに成長。見知らぬ者どうしで和気あいあいと会話が弾み、なごむ雰囲気です。「新たな地域コミュニティの形態」としても注目されています。

「門川・京都市長が『面白い催しをやっているらしいね』と、お見えになったこともあります。海外にも情報が伝わり、台湾の人たちが大勢で視察に来られた日もあるんです」

そう語るのは「てらのみ」を発起した一人、佛現寺15代目副住職の油小路和貴(あぶらのこうじかずき)さん(33)。

油小路さんは成人してすぐに日本酒に親しんだ根っからの辛党。提供する純米酒は、すべて自分の舌で厳選した商品です。

「油小路家は呑んべえの家系で、私も幼い頃からイカゲソやエイヒレなど酒の肴が大好物でした。周囲から『この子はきっと将来、大酒飲みになる』と言われて育ち、予想通り、日本酒が大好きな大人になったんです」

日本酒をこよなく愛する油小路さん。そんな彼が、飲みニケーションの場としてお寺を開放したり、「生酒」にこだわったりする背景には、さまざまなドラマがあったのです。

■はじめは仏教に興味がなかった

油小路さんが僧侶になったのは8年前、25歳のとき。学生時代まで「寺を継ぐ気はなかった」のだそうです。

「仏教に関心がなく、14代目の父(油小路宗廣氏)も私に継げよとは言いませんでした。中学・高校・大学とキリスト教の流れを汲む同志社に進学しましたし。ただ、推薦教材に聖書があり、そのときはさすがに『うちが聖書を購入しても大丈夫か』と父に相談しましたが」

大学卒業後は地元の金融機関に就職。働いて3年が経った頃、油小路さんは自分の仕事について苦悩するようになりました。

「この融資は果たして本当にこの人のためになっているのだろうかと、胸を痛める日が続きました。そのときたまたまYouTubeで浄土真宗のご法話を視聴し、それまで関心がなかった仏の教えがすっと心に染み入ったんです」

歩む道を改める気持ちで退職した油小路さんは、浄土真宗本願寺派の僧侶を養成する専門校にて学び、得度します。さらに龍谷大学の大学院へ進み、仏教を勉強。修了した現在も研究生として学び続けているのです。

■疲れた人々の「止まり木」になれる寺を目指した

生まれ育った佛現寺でお勤めをするようになった油小路さん。そのタイミングで京都を襲ったのが、新型コロナウイルス禍でした。年に数回あった法要も行えず、寺に訪れる人は誰もいなくなったのです。

「2020年、2021年は、寺は単なる古くて大きな和風の建物と化していました。そしてしんと静まり返った本堂でふと、『寺ってなんだろう』と疑問が浮かびました。かつて寺は華道や茶道など文化が生まれる場所でした。また、寺子屋として読み書きを学ぶ場だった。寺は地域のハブとして存在し、開かれた場所でした。そして人と人との触れあいのなかで仏法を伝えた。そんな時代に、寺は立ち戻るべきなのではないか。そう考えたんです」

「昔のように地域に開かれた寺を目指したい」。そんな希望が芽生えた油小路さんは、小学校からの幼なじみの友人とともに「とまり木project」を起ち上げます。

「京都の町なかにあるこの寺を、人々が羽を休められる止まり木のような存在にしたい気持ちがあり、マルシェやワークショップなどを開くための母体を作ったんです」

■日本酒の生酒に「諸行無常」を感じた

油小路さんが「とまり木project」の一環として「てらのみ」を始めたのは、ご近所の酒販店「リカーショップおかやま」の試飲会に参加したのがきっかけだそうです。

「全国から選りすぐりの純米酒を集める酒屋さんです。同じ山田錦で仕込んでいるお酒でも、『蔵ごとにこんなに個性が違うのか!』と驚きました。味わい、色、香り、酸味、クセ、まるで異なる。そして、それぞれがとても尊い。日本酒は好きでしたが、一度にたくさんのお酒を飲み較べた経験がなかったので、感動したんです」

みんな違って、みんないい。原料が同じでありながら、さまざまな表情を見せる純米酒に惹かれた油小路さん。とりわけ「生酒」は、「仏の教えに通じる」と感じたのだとか。

「生酒は栓を開けた瞬間から香りや味わいがどんどん変わってゆきます。気温や湿度の変化に酵母が敏感に反応し、刻一刻と変化する。同じ状態は一時もない。その移り行くさまに、私は『めちゃくちゃ諸行無常だな』と感じました。人の肉体や精神も時間ともに変わってゆく。それと同じではないかと」

生酒から感じ取った「諸行無常」。イベントの方向性が決まり、コロナ禍によるイベント制限が京都で解かれたのち、「てらのみ」の幕が開きました。

「私が唐突に『諸行無常とは』と説いたところで、まだ説得力はない。参加者を生酒でもてなすことで、自分なりに仏の教えを伝えられるのではないか、そう考えたんです。生酒を楽しんでいただきながらならば、『仏教って、なんかいいよね』と思ってもらえれば」

■批判されても考えはぶれない

現在は京都のみならず他府県や海外からもファンが訪れるアツいイベント「てらのみ」。しかし反面、「僧侶が酒を飲むべきではない」「本堂で参拝客が酒を飲むなんていかがなものか」という考え方もあります。

「歴史を顧みれば、朝廷に納めるお酒は寺しか作ってはいけない時代もありました。私はお酒と寺には親和性があると考えます。ただ、『諸行無常。一瞬一瞬を楽しみ味わう』という要素が自分のなかで今後ぶれるのならば、批判されても仕方がない。理念をしっかり軸として持ち続けなければならないと思います」

取材日は大勢の大人たちがお子さんたちを見守るアットホームな光景が見られました。また、本堂でお酒を飲む非日常感がいい緊張となり、どなたも飲み方のマナーがよいと感じました。

「お子さん向けに駄菓子釣りなどゲームも用意しています。幼稚園を連れたご家族が、『子どもたちを自由にさせて、お酒が飲める場ってすごくいいよね』とおっしゃるんです。そんなとき、羽を休めてくつろげる場所を開くことができてよかったと思いましたね」

「地域に開かれた寺を目指したい」と考えて、てらのみを始めた油小路さん。その気持ちは少しずつ街に浸透してきているようです。

次回は2023年9月24日(日) 16:00より。その後は毎月不定日に開催。お寺でおいしい生酒を堪能しつつ、季節の風を感じながら、しみじみと諸行無常を感じてみてはいかがでしょう。

(まいどなニュース特約・吉村 智樹)

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