「このままでは殺処分」 命を守った野犬は保護から13日で旅立った 「お空の向こうではいっぱい遊ぶんだよ」
福岡県・みやこ町節丸というエリアは、昔から野犬が多い地域として知られていました。こういった野犬たちの多くは無責任な餌やりなどによって繁殖を繰り返し地元では問題視されていました。
2023年春、みやこ町節丸で数頭の野犬が保護され、福岡県動物愛護センターに収容されることとなりました。
元野犬は人馴れしていないことが多く、相応の時間をかけてトレーニングなどを実施しないと新しい里親さんへの譲渡ができないことが多いものです。さらに、そのトレーニング中は他の保護犬を迎え入れることができなくなることがあるため、限られたキャパシティの保護団体は、引き取りを悩むことがあります。
保護されたワンコの話を知った複数の保護団体は、「なんとかしてその命を助けたい」と名乗りをあげ、1頭、また1頭と引き取っていきました。
残すはあと1頭ですが、県内では、どの保護団体も名乗りをあげないままでした。
このままだと殺処分対象になることを危惧した地元で犬の保護活動を行うボランティアチーム、わんにゃんレスキューはぴねす(以下、はぴねす)では、自分たちスタッフに受け入れるキャパを持っていなかったものの「せめて」もと、はぴねすのブログを通し、このワンコのことを一般に呼びかけてみることにしました。
■「そのワンコを引き取りたい」という連絡
すると、しばらく経って「はぴねすのブログを見た。そのワンコを引き取りたい」という里親希望者さんから連絡がありました。おおいに喜ぶはぴねすのスタッフでしたが、早合点は禁物です。元野犬特有の条件を里親希望者さんに伝えました。
「元野犬なので人馴れしていないことで、相応のトレーニングが必要なこと」
「驚いたりすることがあれば、脱走も考えられるので、絶対に逃さない対策を取れること」
「動物愛護センター収容時には持病の有無など、詳しい健康状態がわからないので、もしこういった持病があった場合は通院させるなどができること」
「万一『やっぱり飼えない』となったとしても、はぴねすには受け入れることができるキャパシティがないこと」
などなど。この上で、里親希望者さんは「すべて大丈夫です」と言ってくれ、はぴねすスタッフは、「良かった。また一つの命が救われた」とホッと胸をなでおろしました。すぐに動物愛護センターに連絡し、「殺処分しないでください。その子の引き取り手が見つかりました」と言い、命の確保ができたことを職員と一緒に喜びました。
■「家族から反対されたので断念する」
はぴねすのスタッフはその里親希望者さんに、今後の引き渡しまでのスケジュールと、脱走防止の対策を考えたり、動物病院やトリマーの紹介もできることを伝え、はぴねす側でもできる限りのサポートを行うと約束しました。
引き出し日の直前、その里親希望者さんから連絡が入りました。それは「家族に反対されたので、今回の引き取りを断念する」というもの。はぴねすのスタッフはガックリ肩を落としました。振り出しに戻った感じで、あの1頭だけ残された元野犬のワンコはいよいよ殺処分対象になるのかと、深く胸を痛めました。
■スタッフが出した答えは「引き取る」
はぴねすのスタッフはしばし考えました。今、はぴねすには新たな保護犬を受け入れる余裕なんてない一方、しかし、このまま放っておけば、あの元野犬のワンコは確実に殺処分対象に……。
そこでスタッフが出した答えは「引き取る」。スタッフがかなりがんばってなんとか居場所を確保し、1頭だけ残されていた元野犬のワンコを受け入れることにしました。
そのワンコは薄茶の毛のメス。名前をひなちゃんと名付け、追って引き出しに行きました。
■動物病院でわかった持病
はぴねすのスタッフが動物愛護センターで対面したひなちゃんは震えていました。しかし、激しく暴れたり、咬みついてくるようなことはなく、素直に首輪をかけさせてくれ、ケージにもすんなり入ってくれました。
スタッフはひなちゃんを引き出した後、その足で動物病院へと向かい、獣医師に健康状態をチェックしてもらいました。すると、内臓に大きな問題はない一方、フィラリア陽性だったこと、そして、血液の逆流や心肥大があることがわかりました。しかし、重篤な持病ではないことも知らされ、当面はワクチン注射を打ち経過観察する、ということになりました。
病気ではないものの、ひなちゃんは歯がかけていたり、野犬にもかかわらず繁殖犬のように何度も子どもを生んだ跡があったり、アスファルトのような硬いところでずっと寝ていたのか、身体中がタコだらけだったこともわかりました。これまでのひなちゃんの生活を想像しスタッフはまた胸を痛めました。
■ご飯を一気に食べて、水をガブ飲み
動物病院での検査後、ひなちゃんをスタッフの家に連れて行きました。
ひなちゃんはひどく痩せ細っていたため、ご飯と水を与えました。ひなちゃんはご飯を一気に食べて、水をガブ飲み。動物愛護センターでももちろんご飯や水は与えられていましたが、殺処分の可能性を感じ取り、安心して口にできていなかったのかもしれません。「ここなら安心だ」とひなちゃんが感じていることを示しているように思い、スタッフはうれしく思いました。
■スタッフの手からおやつを食べてくれるように
ひなちゃんは元野犬ですが、極端な人間嫌いではないようで、日に日にスタッフにも心を開くようになり、戸惑いながらもスタッフの手からおやつを食べてくれるようにもなりました。また、ベッドで丸くなりながらスヤスヤ眠るひなちゃんの姿を見て、スタッフは「生きていてくれて本当に良かった」と思いました。
辛い思いをしてきたひなちゃんが幸せな生活に結ばれることを強く願っていました。しかし、ほどなくしてひなちゃんは以前ほどご飯を口にしたがらなくなってしまいました。当初スタッフは「今まで食べていたフードに飽きたのかな?」と、違うフードに変えてみたりもしましたが、次第に全く食べてくれてなくなりました。
動物病院を受診すると、獣医師は「心臓の弁の動きが明らかにおかしい」と言います。そして「ウイルス性心筋炎、敗血症、肺水腫、僧帽弁腱索断裂(そうぼうべんけんさくだんれつはれつ)の疑いがある」とも。どの病気も重篤なものばかりですが、特にウイルス性心筋炎だとすると命にかかわるものです。スタッフはとにかく出来る治療をしてもらうため、ひなちゃんを酸素室に入院させることにしました。
かなり辛いはずですが、それでもひなちゃんは自分から頭をあげて、スタッフや獣医師を見つめてきます。スタッフは「ひなちゃんえらいね」「がんばって病気を治そうね」と声をかけました。獣医師は「こんな状態なのに、自分から頭をあげるとは。助かるかもしれません」とも言ってくれ、夜中もずっとひなちゃんに寄り添い治療を続けました。
■翌朝の動物病院からの連絡
翌朝スタッフのもとに動物病院から連絡がありました。胸騒ぎがしたスタッフの予感は残念なことに的中し、「ひなちゃんの呼吸が止まりました」と言われました。
ボロボロの体で、ひとりぼっちで不安を抱えていたひなちゃん。やがてスタッフを信頼し、心を開いてくれたひなちゃん。「かわいくて良い子のひなちゃんに、家庭犬として安心して過ごせる『これから』を作ってあげたかった」と思うと涙が止まりませんでした。
保護して、わずか13日で旅立っていったひなちゃんでしたが、その表情は「ただ眠っているだけ」のような穏やかな表情をしていました。その表情を見つめていると、ひなちゃんがこの短い期間にたくさんの愛情を与えてくれたスタッフに「最期くらい心配かけまい」としているようにさえ見えました。
スタッフはそんなひなちゃんにこう声をかけました。「ひなちゃん、短い間だったけど、うちに来てくれてありがとうね。お空の向こうでは、体の痛みも不安もなくて済むからね。思うがままにいっぱい遊んで過ごすんだよ」と。
わんにゃんレスキューはぴねす
http://happines-rescue.com/
(まいどなニュース特約・松田 義人)