保護そして最後の46日間 高齢のミニチュアダックスフントはスタッフの愛を受け取った 「力を振り絞って吠えてくれました」
2023年春先、福岡県宗像市で元飼い犬とおぼしきハイシニアのメスのミニチュアダックスフントが放浪していました。
元飼い主に捨てられたのか、はぐれてしまったのか、いずれにしても近隣は国道3号線をはじめ幹線道路も多く危険なエリアです。放っておくわけにはいかず、福岡県動物愛護センターにいったん収容されました。
一定期間、元飼い主から名乗りがなければ、殺処分対象になる可能性が高いのですが、このワンコに対する問い合わせなどはそれを過ぎてもありませんでした。
ワンコの年齢は不明ですが、10歳ははるかに超えた風貌。ガリガリに痩せ細っており、体調もかなり悪い様子です。本当に愛されていたワンコであれば、こんなふうにはならないはずですし、いなくなったら問い合わせもあるでしょう。このことから、このワンコはやはり意図的に捨てられたように思われました。10年以上の長い時間を、大好きな飼い主を信じて生きてきたことでしょう。それなのに人間の都合で捨てたのだとしたら、絶対に許されることではありません。
■背骨や腰骨がゴツゴツ浮き出るほど痩せ細っていた
今すべきはこのワンコの命を救うこと。殺処分を避けることはもちろん、その体の具合も獣医師にきちんと診てもらわないといけないし、ご飯も食べさせないといけません。立ち上がったのが福岡県を拠点に犬猫の保護活動を行うボランティアチーム、わんにゃんレスキューはぴねす(以下、はぴねす)。複数のスタッフ、預かりボランティアなどが連携しあい、犬猫の命を救い続けるチームです。
このワンコを引き取った後、トキと名付けました。引き取り後、獣医師に診てもらう前にスタッフが体の細部を確認すると、背骨や腰骨がゴツゴツ浮き出ていました。どうも両目が見えていない様子で表情に覇気もなりません。尻尾もお腹に巻き込んだままでした。
■食べては吐き、食べては吐きを繰り返した
はぴねすのスタッフが水と柔らかくしたフードを与えると、急に水を飲み出し、そしてフードを食べ始めました。ゆっくりではあるものの長時間かけてずっとご飯を食べていました。
スタッフはその姿を見て胸が苦しくなりました。「トキ、お腹空いてたんだね。でも、遠慮なくいっぱい食べて良いんだからね」と声をかけながら、その様子を見守りました。しかし、ご飯を食べ終えたトキは、今度は急に吐き出しました。その後、また水を飲んだかと思えば吐き、またご飯を食べたかと思えば吐き…と明らかに体調が悪いことがうかがえました。
スタッフはすぐにトキを動物病院へ連れて行きました。診断結果は、腎不全と膵炎。特に腎不全のほうが重篤で、腎臓の数値が異常に跳ね上がっているとのこと。トキはそのまま入院することになりました。
■名前を呼ぶとスタッフの指を舐めてくれた
吐き気を止める注射などを打ってもらい、それ以降はご飯もよく食べるように。はぴねすのスタッフが入院中のトキに面会し、名前を呼ぶと、トキは自分からゆっくりスタッフのほうに近づいていき、スタッフの指をなめてくれました。トキとスタッフはそんなに長い時間を過ごしたわけではありませんが、トキはスタッフのことを信じているようでした。
その後退院したトキは食事療法と処方薬などで様子を見ることになりました。食べては吐くを繰り返しました。はぴねすのスタッフはここで悟ります。
「トキの余生はもうそんなに長くないのではないか」
「もし、トキにそのときが来たとしても、これ以上苦しく辛いをさせることはしたくない」
「無茶な延命措置はやめよう」
これまでずっと辛い思いをしてきたトキが、ここでは毎日ご飯を食べることができ、清潔な涼しい部屋で快適に眠れるようにしようと心に決めました。外の風にあたりながら散歩したり、なでてあげたりしようとも思いました。
■腎不全が再び悪化し、再度入院することに
安心して過ごせる環境で過ごしていたトキは、体重が1キロ増えていました。スタッフの部屋の中を「ここは私の本当のお家だよね?安心して過ごしていいんだよね」と歩き回るようになりました。
そんな姿にスタッフはひと安心しましたが、ある日からトキは再び発作を起こすようになりました。痙攣を起こし、全身を硬直させ、手足をピーンと伸ばしたまま。また嘔吐することもあり、スタッフは再び動物病院に連れていきました。獣医師によると、トキの腎不全がまた悪化しており再び入院することになりました。
■「トキの最期は、私が自分の家で看取ります」
2度目のトキの入院は約1週間でした。動物病院の職員によれば、「この間ずっとご飯を食べてくれないので、栄養を点滴のみで与えている」とのこと。これ以上の栄養をトキに与えるのであれば、胃管チューブで入れるしかないと言います。つまり、トキは自分の意思では食べられなくなってしまったということです。
スタッフは言葉を失いました。そして、覚悟を決めました。
「懸命に処置してくださったありがとうございました。トキが自分でご飯を食べられなくなったのなら、そのまま退院とさせてください。せめてその最期は私が、自分の家で看取りたいと思います」
■引き取ってから初めてトキが「ワン!」と吠えた
トキは退院し、家に戻ることになりました。動物病院のスタッフのおかげで入院時よりは表情が穏やかになり少し元気があるように見えました。
スタッフはそのことを喜びながら動物病院を出て、駐車場に行き、トキを車に乗せる準備をしていました。
そこで突然トキが「ワン!」と吠えました。
それまで引き取ってから一度も吠えたことがなかったトキですが、ここで「ワン!」と吠えてくれたのです。スタッフは不思議に思いながらも、自分が迎えに来たことをトキが喜んでくれているようにも思えて、うれしくなりました。
■「愛しいトキの傍に最期まで寄り添ってく」
2023年の梅雨明け前後、蒸し暑かった日々を、トキはスタッフの家で必死に生き抜いていました。スタッフは注射器を使って水を飲ませたり、栄養のあるフードを舐めさせるなどし、少しでもトキが栄養をとってくれるよう工夫しました。一時は自分から立ち上がってご飯を口にすることもありましたが、やがて水さえも受け付けなくなり、再び動物病院で点滴を打ってもらいました。
毎日点滴を打ってもらって延命するほうが良いのかもしれません。しかし、スタッフは毎日毎日トキの体に針を刺すのは絶対にイヤだと思いました。トキの真意はわかりませんが、それがスタッフの熟考した上での決断でした。
スタッフは、トキに対して毎日こんなふうに声をかけ、トキの心情を想像しました。
トキ、お早う
トキ、ただいま
トキ、身体をきれいにしようね
トキ、安心して おやすみ
トキは今何を想い1分1秒を生きているだろう
自分を捨てた前の飼い主を想ってる?
トキ、十分な介護は 私には出来ないけど
確かに今生きてるトキの時間を
トキがここに生きてくれてる事全てを受け止めて
愛しいトキの傍に最期まで寄り添ってく
■最期の46日間で、トキはやっと愛を受け取った
2023年7月21日のこと。いつもは吠えないのにスタッフに「ワン!」と吠えました。抱っこするとトキは落ち着きを取り戻し、吠えなくなりました。
しかし、その後は、トキはずっと寝たきりのまま。頭の重さが体にかからないようベッドのフチに首をひっかけ、一点を見つめていました。スタッフはトキの苦しさを思い、何時間もお腹をさすりました。トキはそんなスタッフの愛情を受けたまま、21時52分、静かに旅立っていきました。
トキの表情は本当に眠っているだけのようでしたが、保護当初のやつれた表情とは異なりとても穏やかでした。
はぴねすが保護し、スタッフの家に預けられお世話を始めてから、わずか46日間でした。もしかしたらトキは最期に人間からの本当の愛情を受け取ってくれたのかもしれません。あの退院のとき、旅立った日、トキが力を振り絞って「ワン」と吠えてくれたのはスタッフへの精一杯のお礼のメッセージだったのかもしれません。
わんにゃんレスキューはぴねす
http://happines-rescue.com/
(まいどなニュース特約・松田 義人)