世界遺産級の産業遺構で消された“ロシア語”…抹消したい「支配された記憶」 チェコ「ヴィートコヴィツェ製鉄所」を訪ねて

近年、工場地帯の景観を愛好する「工場萌え」が増えています。日本でも工場設備を見学できる施設はありますが、多くは下からコンビナートのような工場群を観察するのが一般的です。

一方、ヨーロッパの中央に位置するチェコ共和国のオストラヴァには高さ80mから製鉄所を見下ろせる一大博物館があります。しかも、世界文化遺産を目指しているとか。そんな「工場萌え」必見な一大スポット、ヴィートコヴィツェ製鉄所を訪れてみました。

■ 世界遺産を目指すヴィートコヴィツェ製鉄所

先にヴィートコヴィツェ製鉄所があるオストラヴァの紹介をします。オストラヴァはチェコ北東部に位置し、ポーランド国境から近いところにあります。人口はプラハ、ブルノに次いで第三位の約30万人。地方にある産業都市ですが、近年は人口減少が目立っています。

プラハからは鉄道の利用が便利です。特急列車で約3時間の道のりです。また、ポーランド、オーストリアといった近隣諸国からもアクセスできます。

オストラヴァの目玉のひとつがヴィートコヴィツェ製鉄所です。現在は製鉄所としての使命は終え、博物館として機能しています。オストラヴァ市ではヴィートコヴィツェ製鉄所をはじめに市内にある炭坑や製鉄所の遺構を「オストラヴァの工業複合体」として、世界文化遺産の登録を目指しています。

■ ヴィートコヴィツェ製鉄所と現代史

単に製鉄所の構内を歩くだけでもおもしろいですが、歴史を少しでも知っていると知的好奇心がより刺激されると思います。

ヴィートコヴィツェ製鉄所が誕生したのは19世紀前半のこと。当時、チェコはウィーンに首都を置くハプスブルク帝国の統治下にありました。

1872年にはスコットランド式の高炉が導入されるなど、ヨーロッパの最新技術を取り入れた製鉄所に成長。その後、チェコはハプスブルク帝国からの独立を達成。1930年代末には従業員数約2万人、製鉄の生産量は75万トンを数えました。

その後、チェコはナチス・ドイツに占領され、ヴィートコヴィツェ製鉄所はドイツ系企業の手に渡ることに。ナチス・ドイツは製鉄所を経済的な要として捉え、周辺に新たな製鉄所を建設し、チェコ人の労働力を最大限に利用しました。

戦後、ヴィートコヴィツェ製鉄所は共産主義政権の樹立に伴い、国有化されることに。その際、地域の炭鉱産業と化学工場との統合が強力に推し進められました。共産主義体制の崩壊後は世界の重厚長大産業の衰退とも相まって、1998年に製鉄所としての役割を終えました。

■ 高所恐怖症も大丈夫80mのボルトタワー

市内から路面電車を乗り継ぎ、ヴィートコヴィツェ製鉄所の敷地内に入りました。敷地は広大で、高炉などの製鉄所の設備がそのまま保存されています。

ゲストはツアーに参加する形で高炉を利用した「ボルトタワー」に登れます。ツアー時間は90分ほど。ただし、筆者が参加した際はチェコ語とポーランド語のみでした。オストラヴァはポーランドにまたがるシレジア地方に属することから、ポーランド人観光客も多いように思われます。

タワーまでの見どころのひとつとして制御室が挙げられます。製鉄所の頭脳ですが、現役そのままの姿で保存されていました。室内にあったカレンダーも終了した1998年のまま。まるで、1990年代にタイムスリップした感覚になります。

高炉の中も見学できます。高炉内は1500度以上にもなり、コークスなどを燃やしていました。

「ボルトタワー」がある第一高炉では1日最大1200トンもの銑鉄が生産されていました。「ボルトタワー」は高さ80mにもなり、高所恐怖症ではありますが、頑張って登りました。

頂上からは製鉄所内部とオストラヴァ市内を一望できます。頂上から見ると、オストラヴァが産業都市であることがよくわかります。

ところで、製鉄所内で興味深いものを発見しました。設備にうっすらとロシア語と思われるキリール文字の痕跡がありました。

この設備の裏にはガスタンクを利用したインフォメーションセンターがあります。思わず、ソ連・ロシアからの支配の記憶を抹消するために、キリール文字を消したのではと想像しました。少なくとも、「見せたい歴史」であれば、書き直すはずです。

一方、ガスタンクは目玉でもあることから、インフォメーションセンターとして有効活用されているのでしょう。個人的には製鉄所構内にある迫力満点の設備を見学でき、また「残る歴史」と「残らない歴史」も垣間見え、ヴィートコヴィツェ製鉄所は想像以上に興味深いスポットでした。

(まいどなニュース特約・新田 浩之)

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