猫の役員・社員が“活躍”する会社は、社員研修も変わってる!?…「琵琶湖で1人でヨットを操る」非日常体験
大阪市東淀川区でバネを製造している三協精器工業株式会社では、1人乗り用のヨットを新入社員研修に取り入れている。いったん沖へ出たら、自分だけが頼りだが、自分の力ではどうにもならないこともある。そんな状況に直面したとき、どう乗り越えようとするのか。研修の狙いと成果を、社長の赤松賢介氏に聞いた。
■非日常な体験を通して気づきを得る
社内を保護猫が闊歩し、副社長や常務取締役の肩書をもつ猫もいる三協精器工業では、社員研修の一環としてヨットを取り入れている。今年は数年ぶりの実施ということで、新入社員に加えてヨット研修が未経験の社員も参加した。
研修に参加する社員たちは、琵琶湖畔に到着すると、はじめに基礎知識やロープワークを座学で学ぶ。その後、ディンギータイプと呼ばれる1人乗り用のヨットを自分で組み立てて単身それに乗り、実際に琵琶湖の水面に出て、風を受けながら操船するのだという。
参加者のほとんどが、ヨットに触るのも初めて。操船を誤ったら転覆する。それを自力で起こさねばならないが、水の中では力が入らないため、なかなか上手く起こせない。それを見て、周りにいた仲間が自発的に協力し合い、救いの手を差し伸べる。
ヨットを操るという非日常な体験を通して、非常事態への対応力や団結心を養うほか、自分で気づかなかった自分、あるいは同僚の意外な一面が見えるなど、それぞれに何らかの気づきを得るそうだ。もちろん、徹底した安全管理のもとで行われていることは、いうまでもない。
研修が終わったら、赤松さんが自ら調理した特製カレーを、参加者全員に振舞う。
ヨットを社員研修に取り入れようと思い立ったのは10数年前、もともとヨットが趣味だった赤松さんが、琵琶湖でジュニアセービングスクールを主催したことがきっかけだった。
「自分の子もスクールに入っていました。ヨットは、1人乗り用のディンギータイプです。ぼーっと乗っていたら、ヨットごとひっくり返って水の中へ転落します。死にたくないからヨットにしがみついて、必死になって起こそうとします」
心がふさぎ込んで、いつも「死にたい」と言っていた子がいた。そのような子でも、水に転落すると咄嗟に船体にしがみついて、生きようとする行動をとる。
「それは死にたい気持ちとは逆の、本能的な行動なんですよね。そういう意味で、ヨットは、いわゆる“鬱のような状態”を防いだり、教育的な効果が高かったりするのではないかと考えました。心がふさぎ込んでいる状態にあるか否かはともかく、皆に一度は体験させようと、初めは幹部社員を対象に行いました」
それがやがて社員全員が参加する研修になり、今では新入社員研修として行われているそうだ。
「みんな何かしら自分の中に壁とか、他人に侵されたくない領域をもっていると思うんです。でも、一緒に行った仲間に対しては、そういう壁を壊さないと1人だけで克服できない状況になるし、1人だけで何とかなるレベルでもないですから。ヨットには1人で乗るんだけれども、一緒に研修を受けた仲間意識が芽生えるんです」
■心を閉ざしていた新入社員に笑顔が出るように
誰とも言葉を交わさず感情も表に出さず、心を閉ざし気味だった男性の新入社員がいた。
ヨット研修ではほぼ水に転落するから着替えが必要なのに、彼は手ぶらで参加したという。
「ヨットでクルージングを楽しめると思っていたみたいです」
もちろん、研修の内容は事前に知らされ、持ち物も指定される。
「いわれたから、とりあえず参加しようかという意識だったのかな」
そんな彼が、ヨット研修に参加した日を境に、笑顔が出るようになったという。
「彼の中でどんな変化があったのか知る由もありませんが、研修を通して、何らかの気づきがあったのでしょう」
ちなみに、ヨット研修への参加は半強制だという。
「研修ですからね。しかし、どうしても水に入ることへの恐怖心が大きい人がいます。過去にも、いました。そういう人に無理強いはしません」
2022年に入社した若手社員に話を聞いてみた。
女性Aさん「入社した後に『ヨット研修があるよ』って聞いて、正直な気持ちをいうと、選択できるのであればちょっと嫌だなと(笑)。ヨットで何を学ぶのかなとも思いましたけど、今思い返せば参加してよかったです」
男性Bさん「ヨットは初めての経験でした。仕事でも何でも、新しいことに出会ったときに挑戦する気持ちが大事だと思いました。普段の仕事では話したことがない人と話せるようにもなって、仲間意識ができました」
これからもヨット研修を続けたいという赤松さん。
「今やっている研修の狙いは、非常事態に陥ったときに慌てることなく対処する、あるいは初めにいったような“鬱状態の予防”なんですね。次にやりたいのは、何人かでグループを編成し、クルーザータイプのヨットで大阪から淡路島までクルーズする計画を自分たちで立てさせて、計画通りにヨットを操縦しなさいというミッションを与える。そんなことを考えています」
これと同様のことを、東京にある企業がチームビルディング研修として行って成果をあげているという。
地方や海外へ出張が多い赤松さん。今は多忙のため、実施は難しい。会社を次の代へ譲ったら実行したいそうだが、まだ50歳代の前半。次の構想を実行に移すのは、もう少し先になりそうだ。
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▽三協精器工業株式会社
http://www.sankyo-seiki.co.jp/home.html
(まいどなニュース特約・平藤 清刀)