玄関開けたら般若や天狗! 島根県民はなぜ家にはなぜ神楽のお面を飾るのか
家の玄関を開けると、神楽のお面と目が合った-。島根県では日常的な光景だが、実は他県からみると珍しいらしい。石見地方を中心に県内では、玄関などに飾る「飾り面」を出産や新築のお祝いなどの際に贈ってきた。多くの家庭の玄関には、神楽に登場する般若や天狗のお面が掲げられている。なぜこのような風習が伝わっているのか調べてみた。
■飾り面って?
飾り面とは、実際には身に着けず、飾るために作られたお面のことだ。島根県の家の玄関には、石見神楽に登場するやスサノオ、天狗、キツネなどに登場する面が飾られている。松江市殿町の古代文化センター職員で神楽を研究する石山祥子学芸員(43)によると「島根県の多くの家には、魔除けや守り神的な意味でお面を飾る風習がある。面を飾る文化は日本各地にあるが神楽の面を玄関に飾るのは島根県独自だと考えられる」と話した。
雲南市に住む会社員の藤井聖弥さん(23)の家の玄関には、石見神楽の演目「鐘馗(しょうき)」に登場する飾りがある。20年以上前に父親が購入した。「浜田で購入したもので、玄関に飾っている。魔除けの意味らしい」と話した。
■意外に新しい風習
大田市温泉津町で神楽面を制作する小林工房の小林泰三さん(43)は「新しくお店を開く時や、家を建てた時、男の子が生まれた時のお祝いの時などに石見や島根では飾り面を送る風習がある」と言う。小林さんによると、飾り面の風習は古くない。戦後の高度経済成長の時に多くの家が建ち、県内で根付いたのではないかと考えられるそうだ。
■「性根をこめる」
飾り面は、種類によってそれぞれに意味がある。例えば、鐘馗やスサノオは家の中の守り神、般若の面は悪い気を家に入れないようにするためだ。神楽の中で出てくるキツネは人を化かす悪役として登場するが、飾り面では、きつねは巻物を口にくわえ、えびすと同じく商売繫盛をもたらすとされる。飾り面の意味について「家を守る鬼瓦のような役割」と小林さんは話した。
小林さんによると、神楽が盛んな浜田市では飾る前に、実際に面を一度身に着けて神楽を舞った後に飾るという。これを「性根をこめる」といい、実際に神楽として舞うことで飾り面の持つ力を引き上げる意味があるようだ。
■ルーツは大田の飾り面?
しかし、なぜ面を飾るようになったのか。由来は謎が残ったままだ。小林さんは「大田には、古い時代から飾り面の風習あった」と話した。島根県にある大田市の一部の地域には男子が家に生まれると、石見神楽の面とは関係なく、独自の飾り面を贈る風習があるという。神楽面に比べて平べったく、神楽面のように粘土を使わず、木の型を用いて作るという。神楽の演目で使われることもなく、もともと飾るために作られたお面だ。
この大田の飾り面は「大田の仮屋」という正月行事にも用いられる。正月行事では20以上の飾り面を自治会館に集め正月の時にしめ縄などを燃やす「とんど」などを行う。島根県大田市に住む民俗学者の多田房明さん(64)は「この飾り面の風習や面の工房は、江戸時代からあった」と話した。多田さんによると、「大田では男子が生まれた家にお面を贈る風習があった。戦後、この風習と石見神楽の面が交わり、玄関に神楽面を飾る風習が石見や県全体に広がっていった可能性がある」と関係性を話した。
小林さんも「石見神楽の文化と大田の飾り面の文化が相互的に関わってきた結果、今の風習につながっているのではないか」と推測した。大田市西端の温泉津町では、神楽の飾り面と大田独自の飾り面の2種類が置いてある家もあるという。
確かな証拠はないが、お面を飾る風習の謎を解くカギは「大田の飾り面」にあるかもしれない。大田で飾り面をつくっている飾面店にも話を聞きたかったが、唯一残っていた江戸時代から続く飾面店は当主が亡くなり、現在は職人が一人もいない。
それでも、飾り面と大田を結びつけるものを見つけた。大田市川合町の物部神社には、長さ1.3メートルの巨大な飾り面が二つあった。一つは大田の飾り面の天狗で、戦前までに奉納されたものだという。宮司の中田宏記さん(59)は「神社に面が奉納されることは神楽面や飾り面に限らず昔からあったが、ここまで大きな飾り面が奉納されることは珍しい。飾り面が大田の市民にとって特別な意味を持っていたことの表れかもしれない」と話した。
■お面と島根県
島根に広がった飾り面だが、近年はマンションや洋風建築も増え、飾らない家が増えたという。小林さんは「飾り面も今のままだとなかなか売れにくくなってきた」と話す。小林工房では飾り面をインテリアや洋風建築でも楽しめるように、単色のお面や配色や飾りを付けた面作りにも取り組んでいる。
雲南市出身の記者の祖母の住む家には天狗のお面が飾られ、家には子ども用の神楽面があった。子どもの頃は飾られたお面と目が合うのが怖かったことを覚えている。まさに「島根あるある」だが、この当たり前だった光景が、取材を進めるうちに特別で尊いことに思えてきた。インバウンドが再開し、多くの外国人が訪れるようになれば、この風習が「クール」と世界に紹介される日もあるかもしれない。誇るべき「島根あるある」をこれからもずっと残したい。
(まいどなニュース/山陰中央新報)