イスラエルの地上侵攻…世界各地でのテロ続発の引き金に? 米国が懸念する「対テロ戦争」の再来と、中露の台頭
今月7日、イスラム主義組織ハマスがイスラエルで奇襲攻撃を仕掛けて以降、イスラエルによるガザ地区空爆が強化され、今日までの犠牲者数は5000人を超えている。イスラエルのネタニヤフ政権は自衛権を行使すると、ガザ地区へ地上侵攻する姿勢を貫いている。
一方、米国はここに来てイスラエルに対し、地上侵攻を遅らせるよう要請したという。その背景について、米メディアは現時点で多くの米国人がハマスの人質になっていること、ガザ地区への人道支援を円滑に進めることを理由として紹介している。だが、安全保障の観点から、米国には別の懸念もあると筆者は考える。
衝突から半月が経過しているが、既にサウジアラビアはイスラエルとの国交正常化交渉を中断し、アラブ諸国だけでなく世界中で反イスラエルデモが拡大している。イスラエルと敵対するイランも、ガザ地区への地上侵攻が始まれば傍観者ではいられないと警告し、レバノンやイラク、イエメンなど各地で活動する親イランの武装勢力もイスラエルへの敵意を強め、同国の後ろ盾となる米国へも警告している。
仮に、地上侵攻ということになれば、今日膨れ上がっている不満や怒りが沸点に達するのは避けられないだろう。イスラエルは地上侵攻の目的をハマス壊滅のためとしているが、地上侵攻では多くの罪のないパレスチナ市民が犠牲になることは避けられず、それによって反イスラエル感情に拍車が掛かる。そうなれば、イスラエルとレバノン南部を拠点とする親イランの武装勢力ヒズボラとの衝突がエスカレートするだけでなく、イランとの軍事的衝突のリスクが高まり、中東各地にあるイスラエル権益へのテロが発生する恐れがある。
また、アルカイダやイスラム国などのイスラム過激派は、ネット上でイスラエルや米国を攻撃せよと世界中のイスラム教徒に対して呼び掛けており、地上侵攻によって各国でテロが発生することも現実的に考えられる。既に、フランスやベルギーではそういったテロ事件が今月7日以降発生し、両国ではテロ警戒レベルが最高レベルに引き上げられている。
中東で反イスラエル闘争が激化し、イスラム過激派によるテロが各地で勃発することを、今日の米国は警戒している。そうなれば、米国は中東とテロの問題に再び時間を割くことを迫られ、しかもそれは長期的なものになる。
一方、米国と対立する中国とロシアは、この問題においては蚊帳の外にいる。戦闘が激化する中、プーチン大統領は北京を訪問して習国家主席と会談し、中露の蜜月関係を強化していくことで一致した。プーチン大統領は、米国が中東問題に時間を割かれ、ウクライナ問題の優先順位が低下し、それによってウクライナ戦争で有利な環境を作ろうと目論んでいる。習国家主席も同様に、今後それが如何に米国の台湾政策に影響が波及するかを注視している。
米国が最も恐れるのもそれだ。イスラエルが地上侵攻し、それによって中東やテロの問題に再び対応を迫られ、それによって中露に隙を与え、ウクライナや台湾で両国が行動をエスカレートさせることを強く警戒している。イスラエルの自衛権を支持しつつも、過剰な行動は控えさせないといけない、米国は今そのジレンマに悩んでいる。
◆治安太郎(ちあん・たろう) 国際情勢専門家。各国の政治や経済、社会事情に詳しい。各国の防衛、治安当局者と強いパイプを持ち、日々情報交換や情報共有を行い、対外発信として執筆活動を行う。