「悪魔の楽器」で国内外活躍する奏者 有志がいなければ実現できず…フランスと日本の文化芸術への差を痛感したことは

 アルゼンチンタンゴの伴奏に使われる楽器「バンドネオン」。

 アコーディオンのように蛇腹(じゃばら)を収縮させて音を奏でるが、鍵盤に当たるボタン操作の難解さから、「悪魔が作った楽器」と呼ばれる。

 バンドネオンの世界では数少ない女性奏者の小川紀美代さん=東京都=が11月、新型コロナウイルス禍で親交を深めたフランスのジャズユニットを招き、7都道府県でツアーを催す。「旅する音楽祭」と銘打った公演のフィナーレは18日の京都。

 京都や滋賀の音楽関係者の支援を受けて会場の京都市国際交流会館(左京区)を押さえ、インターネットのクラウドファンディングで資金を募り、執念で開催にこぎつけた。

 小川さんは「音楽は国境や距離、時間を越える力がある。千年の都であり、古いものと新しいものが共存している大好きな京都で、私たちの音楽を聴いてほしい」と話す。

 ジャズピアノを弾く仕事をしていた小川さんが、バンドネオンのとりこになったのは20年以上前。「西洋音楽にない感情表現がある」と、心の琴線を震わせるふくよかな音色に心奪われた。

 バンドネオンは鍵盤となるボタンの配列が極端に複雑で、重さ7キロの楽器を肩掛けひもなしで演奏する体力も求められる。小川さんは、ほぼ独学で奏法を身につけ、2001年に単身アルゼンチンの首都ブエノスアイレスに渡り、現地の楽団で技量と感性を磨いた。

 小川さんが使用するバンドネオンは、約100年前にドイツで作られた年代物。イタリア移民の手に渡り、アルゼンチンに持ち込まれたと伝わる。鍵盤のボタンは象牙が使われ、楽器の装飾に螺鈿(らでん)細工が施されていて、工芸品のように美しい。

 小川さんは、東京を拠点に国内外でプロのバンドネオン奏者として長年活動していたが、2020年、新型コロナウイルスの流行で有観客の公演がなくなり、収入が途絶えた。

 悶々(もんもん)とした日々を送っていた21年秋。日本よりも一足先にコロナ禍以前の日常生活に戻りつつあったフランスのジャズユニット「Mezcal Jazz Unit(メスカル・ジャズユニット)」から同国に招待された。翌春にも渡仏し、南仏の小さな町や村で公演を重ね、自らの生き方を見つめ直すきっかけにもなった。

 「3年間ほぼ失業状態だった自分を救ってくれた」。返礼の意味を込めて今度は小川さんが主体になり、フランスのジャズユニット4人を日本に招くツアーを企画。知己の多い山形、福島、群馬、埼玉、東京、神奈川、京都の7都府県を巡ることになった。

 ところが、難題がふりかかる。

 一つは外国人が日本国内で興行する際に必要なビザの取得。受け入れ元が小川さんのような個人の場合、申請の手続きや資格審査の用件が厳しく、許可が下りないケースも多いという。行政書士に入ってもらい法務省の入国管理局に粘り強く掛け合い、何とかOKが出た。

 もう一つは資金。フランス政府からは約260万円の助成金が出たものの、文化庁など日本の公的な支援は全く受けられなかった。フランスと日本、両国政府の文化芸術に対する理解や支援態勢の大きな違いに、小川さんはショックを受けた。

 資金不足を補おうと、今年の夏、インターネットのクラウドファンディングでプロジェクトを立ち上げた。「国境を越えて、人と人をつなぐ音楽を届けたい!」と訴え、開始1週間を待たずに目標額の100万円を達成。最終的に約180万円に到達した。

 手弁当でかけずり回る小川さんを支援しようと、全国ツアーのフィナーレを飾る京都公演では、編集事務所を営む水口保さん(71)=大津市=らが動いた。会場は京都市国際交流会館の約200人収容のホールに決定。水口さんは「音響は劣るかもしれないが、国際交流というツアーのテーマを考えた場合、ここしかなかった」と語る。 

 水口さんら京滋の音楽関係者は、チケット販売や公演のボランティアも担う。クラウドファンディングの協力者を含め、物心両面のサポートを受けた小川さんは、「まわりの皆さんが助けてくれ、いろんな力を借りてこのプロジェクトが進められている」と頭を下げる。

 11月18日の京都公演は、大阪在住のペルー人ユニット「フローレス デュオ」も加わり、南米伝統のフォルクローレ、タンゴ、ヨーロピアンジャズ、それぞれのオリジナル曲など、枠にとらわれない音楽会となる。

 小川さんは「どんなステージになるか、今からワクワクします」と声を弾ませる。

 水口さんは「バンドネオンの生演奏は、音の振動や奏者の息づかいが伝わる。ぜひコンサートに来て確かめてもらえれば」と呼びかける。

 京都公演は午後3時開演。チケットは前売り4000円、当日4500円。問い合わせは水口さんの携帯080(3820)3309かメールkitgenkid@gmail.comへ。

(まいどなニュース/京都新聞)

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