落選した候補者への1票は決して無駄ではない 「全候補者に取材できるまで書かない」が信条の名物ライターがそう言い切る理由とは

選挙取材歴25年を超えるフリーランスライターの畠山理仁(みちよし)さん。「候補者全員を取材できるまで記事を書かない」が信条で、いわゆる“泡沫”と呼ばれる無名の候補者にも必ず会いに行き、立候補の動機や政策などに耳を傾ける。全国の選挙現場を飛び回った長年の成果をまとめた書籍「黙殺 報じられない“無頼系独立候補”たちの戦い」(2017年)は大きな反響を呼び、第15回開高健ノンフィクション賞など数々の賞に輝いた…のだが、仕事に没頭すればするほど、交通費や宿泊費などでお金は出ていく一方。今年50歳になった畠山さんには、妻と2人の息子もいる。「もう潮時かな」。そんな弱音を漏らす畠山さんに、ドキュメンタリー映画「NO 選挙,NO LIFE」(11月18日公開)のカメラが密着した。

畠山さんは1973年愛知県生まれ。早稲田大学在学中の1993年から、雑誌を中心に取材や執筆活動を始めた。選挙取材の対象は多種多様。国政選挙から地方の選挙まで、規模の大小を問わず、話題性や興味がある戦いの現場に足を運び、新聞やテレビが候補者を「有力/泡沫」と勝手に線引きするのを尻目に、全員の声を集めて報じる。今や「選挙取材といえば畠山理仁」と言っても過言ではない、唯一無二のライターだ。

ところが-。

「完成した映像を見て、カメラの前で自分があんなに何度も『やめたい、やめたい』と愚痴っていたとは思いませんでした」

当サイトのインタビューに応じた畠山さんは開口一番、そう言って苦笑した。選挙の取材はとにかく時間とお金(交通費や宿泊費、食費など)がかかる。特に畠山さんのようなフリーランスにとって、タイパもコスパも度外視の選挙取材は、少なくとも「食っていく」ために選ぶ仕事ではないという。

「候補者の人となりや、訴えている政策が世の中に伝わった上で、有権者が判断するのがフェアな選挙のあるべき姿。僕の仕事は小さな一石に過ぎないしれませんが、誰かがやらなければいけないことだと信じて取り組んでいます」

■バレエ大好き党、自称超能力者…濃すぎる候補者

そんな畠山さんの真価が発揮されるのは、当選の可能性が限りなく低く、メディアに“黙殺”されがちな候補者の取材だ。映画の前半で描かれる2022年7月の参院選東京選挙区には「スマイル党」や「議席を減らします党」、NHK党の諸派党構想に乗った「バレエ大好き党」「炭を全国でつくる党」、さらには170km/hの球を打てると豪語する人や自分を超能力者だと打ち明ける人たちが続々と名乗りを上げ、定数6に対して立候補者は34人を数えた。

もしかして、ふざけているのかな? 正直そんな気にもなってしまうが、畠山さんは「日本は無名の候補者を軽んじるというか、もっと言うと馬鹿にする傾向が強いですが、それは無名の有権者である自分を軽んじることにもつながる。高い供託金を払ってまで世の中に自分の主張を訴えるなんてなかなかできることではありませんし、そもそも立候補はその人の権利ですから、そこにはきちんと敬意を払うべきだと思います」と釘を刺す。

「とはいえ皆さんも大人ですから、当選が難しいことは自分でも十分わかっている。それでも選挙が終わった後、『立候補したことを後悔していませんか』と聞いて、『出なければよかった』と言った人は、僕が取材した限りでは1人もいません。どの候補者も自分の得票数に本当に勇気づけられていて、最後の1桁までしっかり覚えているんですよ。例えば『2400票ぐらい』とかではなく、『2422票』みたいに。これだけの数の人が自分の名前を書いてくれたということに心の底から励まされ、『その人たちのためにもまた頑張りたい』と仰るんです」

「これまでの選挙取材を通じて僕が言いたいのは、落選した人に投じた票は決して無駄にはなっていないということ。有権者が1票に込めた思いは候補者にしっかり届いているし、数字になって表れてもいますよ」

また、今回の参院選の特徴のひとつに、右派的かつ国家主義的な主張をする政治団体が多く登場したことが挙げられる。「9条廃止、核武装」「移民反対」「外国人生活保護廃止」「日本を中国や韓国になめられない国にする」「メイク・ジャパン・グレイト・アゲイン」といった勇ましいスローガンが街頭で鳴り響き、聴衆が拍手で応じる光景も見られた。

本作の前田亜紀監督からそのことを問われた畠山さんの答えが興味深い。

「いわゆるリベラルの人たちは必ず選挙に行くので、そこに新たな票田はありません。今まで選挙に行ったことがない人の人たちに呼び掛けるには、『日本人すごい』とか排他的なメッセージを打ち出すのが効果的ということなのでしょう。でもそういう言動が支持されるのは、社会が貧しくなったことの表れだと思います」

■人生ドラマが凝縮された選挙取材に励まされる

家族の理解や支援者のサポートに支えられながら選挙取材を続けてきた畠山さんだが、50歳という自身の年齢や、参院選取材中に起きた安倍晋三元総理銃撃事件のショックなどが引き金となったのか、カメラの前ではしきりに引退の意志を仄めかす。映画の後半は、「卒業旅行」と称して出向いた沖縄県知事選が舞台に。そこで畠山さんは、落選した翌朝にまた街頭に立ち、「負けたダメージは大きいが、それよりも国や県を良くしたいという思いの方が強い」と語る男性の言葉に「政治家はやっぱりすごい。僕も見習わないと。お金がないとか言っている場合じゃないですね」とまんまと刺激を受けてしまう。

「今年の春以降、選挙取材は本当にしばらく休んでいたんですが、数カ月ぶりにちょっと行ってみたら、やっぱり面白いんですよ。選挙の現場は熱い思いがギュッと凝縮され、人間性が剥き出しになった、そこにしかないライブ。特に、自分よりずいぶん年上の人たちが、自分の主張を訴えながら自由に選挙を楽しんでいる姿を見ると、僕自身も励まされているような気持ちになるんです」

じゃあ選挙取材、やめないんですね?

「同じ選挙は二度とないわけですから、見逃せませんよ。いつまでやれるのかという不安がないわけではありませんが…(笑)」

「NO 選挙,NO LIFE」は11月18日、ポレポレ東中野などを皮切りに全国で順次公開。

(まいどなニュース・黒川 裕生)

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