「継ぐつもりはない」 東京・自由が丘の町中華2代目を断った息子 数年後「お父さん、俺やっぱやる」 目頭を熱くした父が告げた言葉
東京・自由が丘。オシャレなセレブの街という印象がありますが、駅周辺の商店街からほんの少し離れると、昔ながらの住宅街、何十年も続く小さな商店が営業を続けています。
自由が丘で47年続いた町中華店『萬珍軒』もそのうちの一つ。一家総出で厨房やフロアに立つ昔ながらの切り盛りで、地元客に愛されました。
2010年代後半に立ち退きの話が持ち上がり、創業者の加藤勝之さん(以下、父・勝之さん)は年齢も考え、リタイヤを意識するようになりました。勝之さんの下で長らく働いた息子の加藤友也さん(以下、友也さん)は「申し訳ないけど、俺は店を継ぐつもりはない」と言い、『萬珍軒』は2019年、営業を終えました。
■44歳で初就職を目指すも、通用する働き口はなかった
19歳から『萬珍軒』で25年間働き続けた友也さんでしたが、初めて家業以外のところに働きに出ることにもなりました。44歳でした。
「25年間父の下で中華鍋を振ってました」と言っても、働き口はなかなかありません。親戚ヅテの精肉業者になんとか就職させてもらうも、折り合いがつかず早い段階で離職することになりました。途方に暮れる友也さんを助けたのが友人たちでした。飲食店を営む友人が店の仕事を任せたり、別の仕事につながりそうな人を紹介したりしてくれました。
人と人との繋がりやありがたみをあらためて実感した友也さんは「このままじゃダメだ。いつか『自分にしかできない仕事』を作って絶対に恩返ししないといけない」と悟ったそうです。
■「店がなくなり困ってる。もう一度やってくれよ」
定職が見つからない不安の中で、地元・自由が丘を家族で歩いていると、『萬珍軒』の常連たちと偶然出くわすことが多々ありました。「『萬珍軒』がなくなって困ってるんだよ。もう一度店をやってくれよ」「もう一度店をやることになったら、絶対行くからね」と声をかけてもらうことばかりだったのです。
父・勝之さんが始めた『萬珍軒』が、自分が考えていた以上に地元の人たちに愛されていたこと、そして多くの常連さんたちの心の中に残っていることを実感。同時に、父のリタイヤで跡を継がなかったことは、間違った選択だったのかもしれない、と思うようになりました。
■復活の意思を伝えると「甘くはないぞ」と父
友也さんは決心します。定職につけなかった自分を支えてくれた友人たち、地元で長年通い続けてくれた常連さんたち、そして店を守り家族を養い続けてくれた両親への恩に報いるためには「萬珍軒を復活させるしかない」と。
その決心を友也さんは父・勝之さんに話しました。友也さんの決意を黙って聞いていた勝之さんは微笑み、そして目を赤くさせました。しかし、再出発には相当な困難があり、自由が丘という街も創業当初とは様変わりしています。勝之さんは言いました。
「今の時代の飲食は甘くはない。それでも萬珍軒を復活させるというのなら、お前のやり方でやってみろ」
■復活の意思を知った友人たちがまたも支えてくれた
友也さんは開業資金の捻出に奔走しました。お金に替えられそうなものは、全て売却するなどし、大切にしていたオートバイも手放しました。同時に、4年ほどのブランクがある中華料理をもう一度身につけるため、父・勝之さんから教わったメニューの再現する日々を送ります。
『萬珍軒』の復活を知った友人たちは「中古厨房販売の知り合いがいるから紹介する」「内装業の友人がいるから紹介する」「製麺業者はここがいいぞ」と再び後押ししてくれました。
■「資金がないなら、自分なりのやり方でやれば良い」
新生『萬珍軒』はどこに出店するのか。元の『萬珍軒』から数十メートル離れた民家の2階にしました。勝之さんが所有する物件でちょうど空き家になっていました。
路面に面した入り口はなく、入店には建物を回り込む必要がありますが、あくまでも「今の自分にできること」の範囲内で選んだと言います。
「資金がないなら、自分なりのやり方でやれば良い。一番大切なことは父・友人、そして常連さんたちへの恩に報いることなのだから」
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2023年10月、『萬珍軒』が復活しました。勝之さんの『萬珍軒』がそうだったように、友也さんの新生『萬珍軒』も奥さんも一緒に店を切り盛りすることにしました。そして、開店を知った友人たち、常連たちが続々と来店。多くの人たちの思いと愛が詰まった店で、皆が友也さんの料理を食べ楽しんでいます。定番の町中華メニューでラーメン、餃子、麻婆豆腐など。友也さんが父・勝之さんから教わったものばかりです。
にぎわう新生『萬珍軒』を勝之さんは少し離れて見つめていました。そして新しい『萬珍軒』がかつての店を超え、そして1日も長く続いてくれることを願いました。
萬珍軒
住所:東京都目黒区緑が丘2-16-19
電話:03-6826-0302
営業時間:平日11:30~14:30/17:00~23:00、土曜・日曜11:30~21:00
定休日:水曜日
(まいどなニュース特約・松田 義人)