山で生まれ人間からのエサで生をつないだ「半野犬」 心ある人たちのリレーで救われた命 終生の飼い主と出会い穏やかで幸せな毎日
2019年2月、九州地方にある保健所に、ベージュと白の毛色が特徴のメスのワンコが収容されました。
保健所の職員によれば「半野犬」とのこと。飼い犬でもなく、野犬でもない聞きなれない言い回しです。聞けば、山の中で生まれ育った野犬である一方、定期的に山にやってきてエサをばら撒く人がいたため、「半野犬」という区別なのだそうです。
ワンコにとってみれば、エサにありつけるものの、適切な飼育がなされなければ、不衛生な環境で生き延びていかなければなりません。このワンコをはじめとする半野犬たちは、ばら撒かれたエサでは足りず、山から町へ下ってきて捕獲され保健所に収容という状況が繰り返しされてきたそうです。その中の1匹がこのワンコだったというわけです。
■直前まで子犬を育てていた?
このワンコの存在を知ったのが、身寄りのないワンコたちを保護するボランティア団体・わんにゃんレスキューはぴねす(以下、はぴねす)。保健所に収容されたワンコに引き取り手が現れなければ、いずれ殺処分の可能性が高まるため、緊急レスキューすることにしました。
レスキュー後、改めてこのワンコに「いくり」という名前をつけました。はぴねすのスタッフは、いくりを引き出した後、まずは動物病院へと連れていきました。
半野犬も何かしらの病気を罹っているケースが多いですが、いくりにもフィラリア陽性反応が出ました。また、乳首が垂れ下がっていたことから妊娠している可能性がありましたが、子宮の中は空っぽで縮んている状態でした。獣医師によれば、いくりはすでに子犬を産んでおり収容される直前までお乳を与えていたのではないかとのことでした。
いくりが山から下りてきたのは、自らの栄養補給に加えて、子犬たちのためのエサを探していたのかもしれません。
■ビビリの一方、穏やかで優しい性格のいくり
幸いいくりの健康状態は他に大きな異常はなかったため、当面はフィラリア治療の抗生剤を与えながら、経過観察を行うことになりました。そして、以降は、はぴねすに所属する預かりスタッフさんの自宅で過ごすことになりました。
半野犬ですので、いきなり人間の家で過ごさせ人馴れトレーニングを実施するには、相応の苦労が伴うもの。そのため、預かりスタッフさんはある意味での覚悟をし、いくりを迎え入れることにしたわけですが、意外や意外、いくりは人間に触られても、唸ることも噛むこともありませんでした。石のように固まり、ずっと緊張することはあっても、極めて穏やかで優しい性格であることがうかがえました。
預かりスタッフさんは、いくりがやがて心を開いてくれることを信じ「大丈夫だよ。怖くないよ」と、声をかけ接するように努めました。
■なかなかクリアできなかった「抱っこ」
預かりスタッフさんからのたっぷりの愛情を感じとったいくりは、程なくして心を開いてくれるようになり、少しずついろいろなことができるようになりました。
順応性の高いいくりでしたが、越えられない壁もありました。それは抱っこされること。抱っこされると、石のように固まってしまいます。それでも、預かりスタッフさんは慌てません。
「大丈夫大丈夫。いくりは経験したことがないことに緊張するだけで、もともとが優しくて順応性の高い性格。いくりのペースでひとつずつクリアしていけば、さらに心を開いてくれるようになるはず」と優しく見守ることにしました。
■保護から約2年で優しい里親さんとつながった
それからも預かりスタッフさんは、慌てることなく少しずつ少しずつ、いくりに接していきました。怖がりの性格は変わらずですが、ずいぶんと成長し、当初よりは人間との生活に馴れてくれるようになったことを受け、里親さん募集をかけることにしました。
里親希望者さんがいくりの面会に来ましたが、相変わらずビビリの表情を浮かべることから、断念することも続き良縁はなかなかありませんでした。それでも預かりスタッフさんは慌てません。譲渡を急ぐのではなく、いくりが気持ち良く過ごせる出会いを望み、良縁を待つことにしました。
気づけば、いくりが最初に保護されてから約2年が経過していましたが、ここである里親希望者さんから「いくりを迎え入れたい」という連絡がありました。預かりスタッフさんはいくりが保護された経緯や課題、脱走対策などを何度も話しました。
これまでは、そのハードルの高さに断念する人が相次ぎましたが、今回の里親希望者さんは、しっかりと話を聞いた上で「いくりの全てを受け入れます。その覚悟があります」と答えてくれました。優しそうな里親希望者さんでした。スタッフさんは「この人なら、きっといくりも心を開いてくれるはず」と確信。一定のトライアル期間を経て、正式にこの里親希望者さんの家へと譲渡されることになりました。
新しい家に迎え入れられたいくりは、やがて心を開くようになり、今では庭で日向ぼっこしたり、穴掘りをしたり、かと思えば急に猛スピードで走り回ったりと、楽しい日々を過ごしているそうです。
保健所からはぴねすが引き出し、獣医師のサポートのもと預かりスタッフさんが世話をして、里親さんが生涯を受け入れるという「命のバトン」がつながりました。はぴねすでは、この経験を胸に、さらに1匹でも多くのワンコたちを幸せへとつないでいきたいと、思いを新たにしました。
わんにゃんレスキュー はぴねす
https://ameblo.jp/happines-rescue/
(まいどなニュース特約・松田 義人)