故郷香港には一生戻らない…民主活動家の周庭氏、事実上の亡命宣言 中国のスパイ取締強化で香港に広がる”諦めムード”
台湾やウクライナ、イスラエルの問題に世界の関心が集まる中、香港の中国化は刻々と進んでいる。近年、世界中のメディアでは上述の問題に焦点が当たっているが、その間、中国による香港への圧力、浸食は毎日のように広がっている。
筆者は2019年9月、仕事で香港に1週間ほど滞在したが、その時も中国への抵抗を掲げる民主派団体による激しい抗議活動が行われており、地下鉄で尖沙咀(チムサーチョイ)や旺角(モンコック)を通った際、「絶対に香港の自由と民主主義を守れ」などと英語で叫ぶ多くの若者たちに遭遇し、極めて緊迫した状況だったことを今でも鮮明に覚えている。
その一方で、最近香港の友人と話した際、「今でも若者たちはチャイニーズではなくホンコニーズ(香港人)と思っている。しかし、様々な恐れから今は抵抗できる状態ではなく静かに生活を送っている。諦めや疲れが漂い、いつの間にか中国となってしまった」と伝えられ、香港の中国化がいっそう進んでいる状況を筆者が思い浮かべた。
このような中、2023年12月3日、2019年の民主派デモで若者の先頭に立って活動していた民主活動家、周庭氏がカナダのトロントからネット上で発信し、故郷香港には一生戻らないことを明らかにした。事実上の亡命宣言とみられる。周庭氏は日本でも香港の自由を訴えてきたが、2020年12月に民主派デモで若者たちを扇動した罪に問われ収監され、一昨年6月に出所した。周庭氏によると、出所後は中国当局にこれまでの民主派運動を主導したことを反省し、二度としないことを約束した誓約書を強制的に書かされ、中国本土にある共産党の価値観や愛国主義を展示する施設に行かされ、共産党の主義主張に賛同し、香港警察への感謝を述べる文書の提出を求められたという。周庭氏は、今年9月に留学という名目で出国し、それ以降はトロントに滞在していたが、その後香港の戻らないことを決意したという。
筆者はこれまでに5回ほど香港を訪れたが、周知にように香港の夜景は非常に美しく、屋台などグルメに飽きることはなく、香港島の裏側には綺麗な高級住宅街が広がっている。そして、治安も非常に良く、女性が夜一人で歩いていても決してリスクが高いとは言えず、外形的には大きな変化はない。
しかし、政治的な雰囲気はまるで異なる。中国本土では今年7月、スパイ行為の定義が大幅に拡大され、執行機関の権限が強化された改正反スパイ法が施行された。また、重慶では改正反スパイ法をお手本としたスパイ条例が可決され、スパイ行為の取締りが地方レベルから徹底される傾向にある。今後どうなるかは分からないが、香港でも重慶のようにスパイ条例が施行される可能性もあろう。
今後、以前のように日本人が観光旅行先、企業の進出先として香港を選ぶことは少なくなるだろう。台湾と香港は同じようなイメージがあったが、今では全くの別物である。我々自身の香港という認識を根底から変えていく必要があろう。
◆治安太郎(ちあん・たろう) 国際情勢専門家。各国の政治や経済、社会事情に詳しい。各国の防衛、治安当局者と強いパイプを持ち、日々情報交換や情報共有を行い、対外発信として執筆活動を行う。