「ライディーンはやりません(笑)」 矢野顕子さんがコンサートで洩らしたYMOそして坂本龍一さんへの熱い思い

矢野顕子さんが11月24日の穂の国とよはし芸術劇場PLAT(愛知)を皮切りに全国5カ所を巡るコンサートツアー「矢野顕子さとがえるコンサート2023 featuring 小原礼・佐橋佳幸・林立夫」を開催した。1990年以来、アメリカ・ニューヨークで暮らす矢野さん。毎年おこなわれるさとがえるツアーは、ファンにとって矢野さんのパフォーマンスを生で観る貴重な機会だ。僕は12月1日の神戸新聞松方ホール(兵庫)を観覧した。

ツアータイトルの通り、矢野さんと共に演奏するのは小原礼さん(ベース)、佐橋佳幸さん(ギター)、林立夫さん(ドラム)。それぞれ一流のアーティストでありミュージシャンだが、小原さん、林さんが矢野さんと同じ高校の先輩だったり、少し世代の若い佐橋さんもすでに数十年来の付き合いだという。このさとがえるツアーでは2018年以来の固定メンバーということもあり、それぞれの個性が立ちつつ、されどぶつかることはなく、非常に心地よいアンサンブルだ。矢野さんが「4人でThe YANOAKIKO」と言う理由がよくわかる。

コンサートは1986年にリリースしたアルバム『峠のわが家』収録曲の『The Girl of Integrity』に始まり、時おり軽妙なトークを交えつつテンポよく進行した。代表的ヒット曲『春咲小紅』(1981年)、宇宙飛行士・野口聡一さんが宇宙空間で書いた詞に矢野さんが曲をつけた『雲を見降ろす』(2023年)など、矢野さんの楽曲をあまり知らない人にとってもわかりやすく、聴きごたえある楽曲がバランスよく散りばめられているのはベテランならではのさすがの深謀遠慮。極めてアーティスティックなイメージで、時おり気難しそうな話題も振りまく矢野さんだが、けっしてそれだけの人ではないのだ。

個人的に印象深かったのは『雲を見降ろす』を歌い終えてからの進行。昔、イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)にサポートメンバーとして参加していたことに触れた矢野さん。「いろんな曲をまだ覚えているし、時々(音が)流れてくると『ライディーン』とかまだ弾けるんですね」おそらく今年1月に亡くなった高橋幸宏さん、3月に亡くなった元夫でもある坂本龍一さんへの思いがあふれたのだろうが、直後に観客の拍手が沸き起こるとすかさず「ライディーンはやりません(笑)」代わりにと『千のナイフ』(1978年)を披露したのだ。『千のナイフ』と言えば坂本さんの同名のファーストアルバムのタイトル曲で、後にYMOでもカバーされた、関係者、ファン共に思い入れの深い曲。矢野さん独自の解釈が加えられた8分近い熱演には心揺さぶられるものがあった。

その後、かつてハウス食品クリームシチューのCMソングになった『クリームシチュー』(1997年)や長年のファンにはお馴染みの『ごはんができたよ』(1980年)、『ラーメンたべたい』(1984年)など矢野さんならではの食にまつわる名曲が惜しみなく披露され、大きな歓声と手拍子の中でコンサートは幕を閉じた。1987年に収録されたライブアルバム『出前コンサート』では調子外れな手拍子を打つ観客を強く制しておられた矢野さん。僕はちょっとドキドキしながらステージを見つめていたのだが、矢野さんはきわめてご機嫌な様子で帰っていかれた。奏でる音はまだまだ鋭いが、お人柄は少し丸くなられたのだろうか。ともあれ2023年の暮れに観るにはとても心に染みる愉しいコンサートだった。

今年のさとがえるコンサートは12月3日のNHKホール(東京)で幕を閉じたが、矢野さんは年内まだライブなどいくつかのスケジュールを残している。ご興味ある方はぜひ公式ウェブサイトなどチェックしていただきたい。

(まいどなニュース特約・中将 タカノリ)

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