5年生存率およそ40% 医師の告知の瞬間、佐野史郎は患者から役者になった 「実際にはこういう言い方をするのか」
「自分でも“病んでいるなあ…”と思いますよ」
照れ笑いを浮かべるのは、俳優の佐野史郎(68)。2021年に血液の癌の一種である多発性骨髄腫を患い、長い闘病生活を余儀なくされた。冒頭のせりふは、自らの大病を指すのではなく、医師から告知を受けた際の自分の反応を指している。医師から病名を告げられた瞬間、ショックを受けるよりも「実際にはこういう言い方をするのか」と俳優としての性が先んじたのだから。
■物語として受け止める
医師が告げた、5年生存率はおよそ40%という現実。しかし佐野は取り乱すどころか、病名を告げた医師のトーンや言い回し、周囲の雰囲気、そして自分の反応などを淡々と観察していたという。
「この話をすると“強いですね~”と感心されたりしますけど、そうじゃない。自分の防衛本能というのか、危険回避の神経回路のなせる技ではないかと思います。ダイレクトに医師から“命に係わる重篤な病気が進行している”なんてパンチを喰らったら卒倒しちゃいますから。ショックをまともに受けたくないからこそ、現実をシャットアウトして物語として受け止めていただけだと」
とはいえ、その場の状況を「俳優」として客観視するとは。いわゆる「職業病」というヤツか。「まさに仰る通りで、職業病だと思いますね。常に訓練をしているという」と苦笑い。
■文句を言ったら罰が当たる人生
職業病を象徴する闘病中のエピソードは他にもある。
「敗血症になった際にあまりに辛くて一瞬弱音を吐いたことがあるんです。“もうダメだ…”とかね。でもその言葉に対して急に役者スイッチが入って“なんだそのセリフは!?”と一人でツッコんで、“まだこんな下手な芝居をするのか!?”と自分を叱りだす。“こんな芝居で死ねるか!”とか思っていると生きる活力が湧いて、次の日には不思議と高熱も下がっちゃう。自分でも“病んでいるなあ…”と思いますよ」
予想以上の回復力を見せて無事退院。現在は新作映画『火だるま槐多よ』(12月23日)の公開が控えるほか、箱根・彫刻の森美術館で佐野史郎写真展『瞬間と一日』が開催中だ。
「自分のプロフィールを振り返ってみると、やりたい放題だなと思いますね。連ドラにも出て映画の主演もやって、自分が憧れた人たちほぼ全員と会っているわけで。結婚して家庭も持ち、子どもにも恵まれた。こんなに贅沢で恵まれた人生ってあるのだろうか?と自分でも思います。文句を言ったら罰が当たるような人生ですよ」
孤高の芸術家・村山槐多の魂にインスパイアされた『火だるま槐多よ』を手掛けたのは、佐藤寿保監督。サトウトシキ監督、瀬々敬久監督、佐野和宏監督と並んでピンク四天王と畏怖される鬼才だ。
「僕はピンク出身の若松孝二監督の作品にも出ているし、濡れ場もそれなりにやって来てはいるけれどジャンルは関係ない。色々な表現をしていきたいだけで、写真を撮っているのもそのため。ジャンルレスに活動して、そこから得たものを俳優としての表現にフィードバックする。ただそれだけです」
全身俳優。佐野史郎はこれからもプロフィールを自分色に染めていく。
(まいどなニュース特約・石井 隼人)