煩悩、精進、なんでもござれ!お寺が営むキッチンカーが人気 コーヒーからハンバーガー、ラーメンまで 「お坊さん相手なら」と悩み事を打ち明ける人も
お坊さんが営むキッチンカー「taiyou & tsuki」が評判だ。京都府福知山市の山間にたたずむ「高野山真言宗 葛尾山福性寺」。そのお寺の住職が淹れるコーヒーやソフトクリーム、尼僧が手作りする「精進バーガー」「煩悩バーガー」は、そのおいしさとユニークなネーミング、何より僧侶自ら腕を振るうという珍しさから、福知山市や隣接する綾部市など、近隣で開催される週末のマルシェやイベントで人気になっている。
■みんなが食べて喜んでくれるヘルシーメニュー
2年半前に誕生したキッチンカー「taiyou & tsuki」を営むのは、福性寺の住職桐村正昭さんと尼僧の郁子さん夫妻。メニューはコーヒーなどのドリンクにソフトクリーム、2種類のバーガーに、冬季は2種類のラーメンなど。フードは精進料理をベースにしているという。
無添加のソフトクリームは低温殺菌の牛乳を使ったさわやかな甘さで、注目は綾部産の米粉で1枚ずつ手焼きしたワッフルコーン。香ばしいクッキー感がクセになるワッフルコーン作りを担当するのは、住職の正昭さんだ。
フード類の調理は主に妻の郁子さんが担当。精進バーガーに使うパンは、国産小麦を使った天然酵母パンで卵は不使用。石窯で焼いたものを取り寄せる。そこに山芋や長芋、レンコンで作ったパテに、地元の有機野菜をたっぷり挟む。
この精進バーガーと並ぶ人気メニューが、焼き肉を使用した煩悩バーガーだ。煩悩バーガーは、郁子さんの母秘伝の黒ニンニク醤油に、特製焼き肉のタレで味付けした国産黒毛和牛を使う。バンズは発酵バターと卵を使用しており、精進バーガーとは違う店から取り寄せているので、それぞれ違う味が楽しめる。
ラーメンは、冬寒い福知山で温かい食べ物を提供したいと始めたメニュー。1つはもちっとした食感がクセになる米粉麺に、薬膳カレー粉で味付けした「煩悩を焼き尽くす熱さの不動ラーメン」だ。
一方、女性に人気なのがもう1つの塩ラーメン「弁天ラーメン」。色白の美の神様である弁天様にちなんだ白湯風ラーメンで、綾部市で飼育される上質の上林(かんばやし)地鶏が入っている。他にも白いキノコや白菜、手に入れば白いマイタケや白いきくらげも入れる。
■楽しく注文、生まれる会話、始まる対話
ユニークなネーミングの煩悩バーガーは、精進バーガーの後に誕生した。実は精進バーガーは、根菜類をすり潰したり成形したりと手間がかかるため、量が作れない。そこで手早くできるメニューとして考案されたのが煩悩バーガーだ。
「お肉といえば煩悩だろう、と名付けたんですが、『僕は煩悩だらけなので煩悩バーガーを』とか、『私は精進したいから精進バーガーで』ってお客様も面白がって注文してくださって」と楽しそうに話す郁子さん。
それにしても、本来、精進料理とは肉や魚を使わない料理ではないだろうか。
「殺生をしないという意味で動物性の食物を使わない精進料理ですが、お野菜にも命があります。『命をいただく』という意味では、動物も野菜も同じ。昔、お釈迦様は、信者様のお家で余った食物を区別なく、ありがたくいただいておられました。供物としていただいたものは全て精進料理、という考え方で提供させていただいています」
郁子さんは高校の頃、下宿していた高野山のお寺で本場の精進料理作りを手伝っていた経験を持つ。精進料理がベースのメニューは、できるだけ添加物を使わず本来の味にこだわっているという。
「まずはお寺を知ってもらい、精進料理を身近に感じていただきたくて作っています。なにより老若男女、あらゆる世代の方に喜んで食べてもらえるおいしさを目指しています」
お寺が営むキッチンカーと分かると、「実は……」と日頃の心のつかえを話し始める人もいる。お寺やお大師様が好きでと立ち寄る人も多く、キッチンカーが縁でお寺へお参りに来る人も増えたそうだ。
■キッチンカーは「人々の悩みに耳を傾ける」ツール
最近は「寺離れ」が深刻で、福性寺も十数軒の檀家さんがいるものの、危機感はぬぐえない。さらにコロナ禍で参拝者が減った一方で、孤立し、悩み苦しむ人が増えたとも感じる。
「救いを求める人々が大勢いる時こそ、お寺が積極的に外へ出て、その人たちの声に耳を傾けなければいけない。キッチンカーは、寺と人とをつなぐツールです」と住職の正昭さんは語る。
はじめはキッチンカーでなく、街の中でのコーヒー販売を考えたが、続けられやすい方法を模索する中で、香川県善通寺市にあった中古のキッチンカーの可愛さに一目惚れし、購入した。
「福性寺は高野山真言宗のお寺で、私も高野山で修行しました。高野山といえば弘法大師空海。善通寺市はそんな空海様の出身地です。不思議でうれしいご縁です」
キッチンカーの名称「taiyou & tsuki」は、福性寺のご本尊である薬師如来さまの脇侍、日光菩薩と月光菩薩にちなんだもの。それは明るい笑顔が印象的な郁子さんと、張りのある落ち着いた声が魅力の住職夫妻のようでもある。そんな2人が営むキッチンカー「taiyou & tsuki」は、今日も胃袋をヘルシーな食で、心を癒しと励ましで満たし続けている。
※冬装備のないキッチンカーのため、冬季は休業。次回出店は3月頃からの予定。
(まいどなニュース特約・國松 珠実)