廃棄された漁網が、クリスマスツリーやサンタに! 「海ごみ問題に関心を持ってほしい」と企画
色とりどりにライトアップされた夜の福岡のまちで、道ゆく人たちの目を引いているイルミネーションが天神中央公園(福岡市)にある。不要になった漁網や海ごみで作られたサンタクロースとクリスマスツリーだ。制作を企画したのは一般社団法人「イドベタ」(代表・みついまゆみさん)。環境問題をアートで伝える「ORINASU」のアーティスト・しばたみなみさんが監修した。
海に漂い「ゴーストギア」と呼ばれる漁具は世界の海洋ごみの約4割を占めるとされ、海洋生物に深刻な影響を及ぼしている。現状をなんとかできないかと同団体は昨年夏から、廃棄漁網を回収、洗浄、再生し、サンタクロースやクリスマスツリーへと生まれ変わらせる取り組みを行なっている。地域の子どもたちや大学生らがビーチクリーンで拾ったプラスチックごみなどを飾りつけ、温かい光を師走の街にもたらしている。
■漁港に積まれた不要な漁網→クリスマスツリーに
テレビ局ディレクターとしてSDGs関連の番組を制作してきたみついさんが昨年(2022年)8月、福岡県糸島市の姫島を取材で訪れたときのこと。帰りの船を待つ間、港をぶらぶらしていると、緑色の漁網などがうずだかく積まれている光景を目にした。
「これは何ですか?と漁師さんに尋ねると、『いらなくなった漁網だよ。ゴーストギアって呼ばれているんだ。海に漂ったり海底に沈んだりしていて、回収しないと船のスクリューに巻きついたりして故障の原因になるので、年に何回か、船をわざわざ出して回収しているんだ』とのことでした」(みついさん)
「ゴーストギア」は直訳すると「幽霊の用具」。漁網、ロープ、浮き、釣り糸など、海に流出した持ち主不明の漁具のことをさす。世界で年間50万から115万トンが海に流出しているといわれている。港に置いていた漁網が悪天候で海に流れ出てしまう、漁具同士の接触や岩礁への根がかり、不法投棄など、海への流出理由は様々だという。
地元・糸島市の美しいビーチにも、海洋ごみがたくさん打ちあがる。故郷のそうした光景に危機感を持ち、環境問題についての番組づくりや、環境教育コーディネーターとして子どもたちとビーチクリーン活動などをしてきたみついさんにとって、漁港の片隅に放置された緑色の網の塊との出合いは衝撃的だった。「自分たちにできることが何かないか?」と自問自答するなかで、ふとひらめいたのは「緑色だからクリスマスツリーになるのでは」とのアイデアだった。
そこでみついさんは、ディレクター仲間でコンポスター(=生ゴミを堆肥にする人)の松井聡史さん、「海ごみゼロアワード2021」で環境大臣賞を受賞し、海ごみに新たな命を吹き込んでいるアーティスト・しばたみなみさん、創業支援のエキスパート・矢野裕樹さんと4人で「イドベタ」を立ち上げた。そして、島の漁師さんたちの協力のもと、廃棄予定の漁網6トンを譲り受け、再生、リユースする「Gyomoプロジェクト」を始動させた。
漁網は洗浄工場で高圧洗浄するなどして触れても安全な状態にした後、工房やワークショップ会場へ運搬。円錐形の鉄柱に巻き付けてツリーにしていく。そこに海岸で拾い集めた漂流物のプラスチックなどを飾りつければ「海のクリスマスツリー」(高さ約1.5メートル)の出来上がりだ。
主に地元の小学生らと飾りつけワークショップを開き、この海のクリスマスツリーを昨年は12本、今年は6本、制作した。「小学生向けのワークショップでは、プラスチックの歴史や現状をわかりやすく解説した紙芝居を見せたり、筒状の定置網を使って障害物競争をしたりと、海ごみについて楽しく学んでもらっています。漁網やプラスチックは『ごみ』ではなく、実は限りある大切な『資源』なんだよと伝えられればと思っています。子どもたちはごみだと思っていたプラスチックがツリーのオーナメント(飾り)に生まれ変わることに驚き、目を輝かせて取り組んでいます」(同)。
今年は、アーティストのしばたさんが監修し、九州産業大学芸術学部ソーシャル学科の学生とコラボして、漁網を活用したクリスマスオブジェ「グリーンサンタプロジェクト」をこのクリスマスシーズンにあわせて企画、制作した。完成したオブジェは11月15日、天神中央公園に搬入された。
「グリーンサンタ」は高さ約3メートル。頭部は漂流物の浮き、胴体は緑と白の漁網を用いた。オーナメントはワインイベントで廃棄されたボトルやプラカップを活用。ボトルにはそれぞれの学生が思い思いの「小さな街」を描き、サンタの内側にぶら下げた。
その隣に寄り添うように立っているのは、白い漁網で作られた雪だるまだ。これは今年7月に急逝したある漁師さんの遺品。糸島の漁業関係者からみついさんに連絡があり引き取った。長年大切に使われ、手入れの行き届いた漁網が可愛い雪だるまに変身。小学生らがこれまで手がけてきた海のクリスマスツリーも脇を固め、道ゆく人たちにハートウォーミングな光を届けている。
11月半ば、みついさんらは、資源循環施設「めぐるラボ」を糸島市内に開設した(12月17日正式オープン予定)。ゼロウエイスト(=無駄や浪費をなくしてゴミを出さないこと)やフードロス削減といった環境にやさしい商品を扱うショップ(現在11店舗)が集い、漁網や海ごみ、廃材を使ったアートのワークショップなども開催する予定だ。
「ここはサステナブルエコノミー(持続可能な経済活動)を推進するための活動拠点になります。引き取った漁網は、クリスマスツリーだけでなく、すでにグリーンカーテンやハンモックなどにもリユースしていますが、今後は漁網を材料にしたグッズを開発し、商品として販売することでモノ、ヒト、マチがめぐる資源循環のしくみを作りたい」とみついさん。現在、施設の改装費などを募るため、クラウドファンディングにも挑戦中だ。
「一人で環境にいいことをするより、仲間を増やして互いに繋がることが大切。エコフレンドリーなその絆が、やがてはうねりを生み出し、未来を変える力になるはず。『I do better』から『We do better.』へ。廃棄漁網の再生を通じて、海ごみ問題への関心を少しでも多くの方々に持ってもらい、次世代へとバトンを繋いでいければ」とみついさんは話している。
(まいどなニュース特約・西松 宏)