「アンダーグラウンドの空気伝えたい」芸歴50年、佐野史郎がアングラ映画に出演する理由 「スタイルに溺れるな」「表層だけをなぞるな」と自戒

「まさに水を得た魚。勝手知ったるホームのよう」

俳優としてボーダーレスに活躍する佐野史郎(68)が向き合ったのは、ピンク四天王の一角を占める鬼才・佐藤寿保監督と初タッグを組んだ『火だるま槐多よ』(12月23日公開)。数々の逸話を残した夭折の芸術家・村山槐多の魂にインスパイアされた本作で、佐野はスクラップ工場を経営する謎の男をオーラたっぷりに怪演している。

■アングラ界の末席にいた人間として

佐野以外の俳優はすべてフレッシュな顔ぶれ。いわゆるインディペンデント映画で製作費も大作映画に比べたら微々たるものだ。一方、佐野は芸歴50年ものベテラン俳優。映画やドラマに引く手あまたで、お茶の間にもその顔と名前は浸透している。

それにもかかわらずライフワークでもあるかのように、作家性の強い自主制作映画に定期的に参加。『火だるま槐多よ』でも出演シーンは少ないながらも、異様な迫力で周囲を圧倒。しかも作品完成後は、今回のインタビュー取材のように宣伝活動に協力している。そこには「日本のカルトムービーの系譜を大切にしたい」という強い思いがあるのだ。

「石井輝男監督、実相寺昭雄監督、そして若松孝二監督…。みなさんお亡くなりになりましたが、自分には日本のカルトムービーの系譜を絶やしたくないという気持ちがあるんです」と語る佐野は「唐十郎さんの状況劇場出身で1960年代からのアンダーグラウンド界の末席にいた人間として、唐さんそして若松さんの最後の弟子として、現場を共にしてきた俳優として、日本ならではのアンダーグラウンドの空気を伝えたいという想いがあります。その系譜は自分の中でも大きな要素であり、大事な世界でもあるからです」

■自分のよく知る質感

 地下で生まれ醸成されてきたアングラやサブカルが、まるである種の権威でもあるかのように飾られ、消費され、形骸化される。そんな風潮に対する危機感があるという。

「1960年代から育まれてきたアングラやカルトの世界が、ともすればスタイルだけ残り“ATGっぽい”とか“天井桟敷っぽい”とか、“これをやればアングラでしょ?”的な表層的な作品に危機感を感じます。そんな作品を目にすると、ポーズだけをされてもなあ…と空しくなる。スタイルに溺れるな。表層だけをなぞるな。大事な核となるものは一体何なのかを探れ。これは批判ではなく自戒を込めて言っているのですが」

『火だるま槐多よ』は佐野の食指を十分に刺激するものだった。孤高の脚本家・夢野史郎による脚本のページを開いたら驚いた。まるで大正時代に書かれたのかと思うくらい難解な旧字の文字が踊り、内容はそれ以上に難解かつ奇妙。しかし太い一本の線がはっきりと見えた。

「形式的には脚本だけれど書かれているものはまるで散文詩。字面だけ追っても全く意味がわからない。でもこれは自分もよく知っている質感。しかも夢野久作と国枝史郎を合わせたようなペンネーム。きっと脚本家の夢野さんは夢野久作がお好きなのでしょう」

■4歳児にしてヴィランに惚れる

監督の佐藤寿保は、アウトサイダーに寄り添う視点を持ち、エロス以上にバイオレンスに焦点を当てた成人映画を量産してきた鬼才。

「石井輝男監督にしろ、若松孝二監督にしろ、ヴィジョンがはっきりとあるから演出が具体的かつ厳しい。佐藤監督も同じで、若手キャスト陣に決して“ふり”の入った芝居をさせない。しっかり向き合ってダイレクトな表現を引き出す。常識をひっくり返すというか、アナキーなパンク精神というのか。アンダーグラウンド直系の世界でした」

かくいう佐野も幼少の頃からヒーローではなく、怪獣や化物、魔女ら悪役というアウトサイダーたちに心惹かれてきた。

「4歳児にして『眠れる森の美女』のマレフィセントが黒いマントをひるがえし、ドラゴンに変身して火を噴くところに打ち震えました。ヒーローよりもヴィランの方がカッコいいと思ったし、物語の中で虐げられたり、悪者だと非難されたりするようなキャラクターに感情移入しちゃう。僕自身、悪のマントを着たくて俳優をやっている節があるくらいです。4歳の頃からそれですから、よく今まで普通に生きてこられたなと思います」と苦笑する。

ホンモノたちによるホンモノのジャパニーズカルト。その狂気の神髄を映画館で目撃してほしい。

(まいどなニュース特約・石井 隼人)

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