ダイエット目的で糖尿病治療薬を使用 豊田真由子が医薬品の適応外使用に警鐘 春から市販の内臓脂肪減少薬にも懸念
最近、糖尿病等の治療薬をダイエット目的で服用するケースが増えています。また、この春から、内臓脂肪を減少させる効果のある薬が、薬局で市販されることになり、出演している番組で、街の多くの方が「ぜひ試してみたい!」とおっしゃっているのを見て、危惧を覚えました。
なぜ、医薬品の適応外使用は望ましくないのか、そして、オンライン処方の『やせ薬』を巡る最近のトラブル、新たに市販される内臓脂肪減少薬の留意点などについて、最新の国の動向等も踏まえながら、掘り下げてみたいと思います。
■医薬品は、使用対象が厳格に定められている
「医薬品」(※)は、疾病の治療や予防のために、医学的必要性に基づいて服用するもので、薬事承認で効能・効果、用法・用量等が厳格に決められています。そうした症状のない方が、別の目的で服用することは望ましくありません。どの薬にも、基本的には一定の副作用の可能性があり、そのリスクと、治療・予防効果というベネフィットを比較して、ベネフィットが大きい場合に、服用が選択されるものです。
(※)医薬品には、医療機関で医師に処方される「医療用医薬品」と、薬局・ドラッグストアで、医師の処方箋無しで購入できる「OTC医薬品」があり、本稿で述べる「リベルサス・オゼンピック等」は医療用医薬品、「アライ」はOTC医薬品です
例えば、下剤(瀉下薬)は、便秘の人が服用すると、排せつが促される(便秘が改善する)わけですが、便秘でない人がダイエット目的で下剤を服用すると、過剰な排せつが起こり、下痢になるなど、むしろ健康を害してしまうことになります。
「やせたい」という思いを持たれる方は多くいらっしゃる(私もです)わけですが、糖尿病や肥満症の治療薬を、そうした疾病を有しない人が、ダイエット目的で服用することは、単に「副作用が出るからやめた方がいい」のではなく、それ以前に、そもそも、「医薬品の適正な使用法」ではなく、さらに「医療機関がしていることだから」と信頼してのことが、実は、医療者としての法令やモラルに抵触する行為の可能性すらある、ということになります。
この辺りの認識が、報道でも少し不十分なのではないかと感じています。
■オンライン処方を巡るトラブル
本来、2型糖尿病の治療薬として薬事承認されている「GLPー1受容体作動薬」(リベルサス、オゼンピック等)が、インターネット上で『やせ薬』として紹介され、美容目的での使用が増加し、副作用等の説明が不十分なまま処方され体調不良につながるケースや、意図せず定期購入とされてしまいキャンセルできないと言われるといったケースが報告されており、国民生活センターへの相談も増加しています(2022年に205件)。そもそも、『やせ薬』という呼称も問題だと思います。
医薬品を、本来の対象でない方が使用することは、「適応外使用」(国内で製造承認されている医薬品を添付文書に書かれている効能・効果、用法・用量の範囲外で使用すること)と言われ、保険適用とならず、全額が自費診療になります。適応外使用では、有効性だけでなく、その用法における安全性も定まっておらず、リスクとベネフィットを正しく判断することができません。
こうした状況を受け、厚生労働省は、2024年1月29日、ウェブサイトなどの医療広告ガイドラインを見直す方針を示しました。薬の本来の使い方ではないことや、安全性に関する情報などを明示すること、そして、健康被害が出た場合に、原則として国の救済制度の対象にならないこと等も示すよう、求める方針です。
もちろん、オンライン診療でも、きちんと診察・処方をし、対象とならない患者には処方をしないという医療機関もあるわけですが、残念ながら、一部でオンライン診療の特性が悪用されているといえなくもない状況が生じていることは、オンライン診療自体の普及促進にとってもマイナスだろうと思います。
さらに上述の薬に加え、今月発売が予定されている、肥満症を対象とするGLPー1受容体作動薬(ウゴービ)も、米国テスラのイーロン・マスク氏が効果を絶賛するなどにより、ダイエット目的の面から注目を集めてしまっていますが、あくまでも処方対象となるのは、「肥満症」と診断され、高血圧、脂質異常症、2型糖尿病のいずれかを有し、食事・運動療法で効果が得られない人で、肥満度を示すBMIが35以上か、27以上で運動機能障害などがある人に限られており、「肥満症」でない方が、減量目的で使用するものではありません。
■実際にどういう問題が生じているのか
▽深刻な副作用の可能性
GLP-1受容体作動薬には,副作用として、低血糖症状(頭痛、めまい、吐き気、動悸、高度の空腹感、視覚異常等)や急性膵炎、下痢,便秘,腹痛などの消化器症状があります。ウゴービの副作用の発現割合は、68.0%(1.7mg) 54.3%(2.4mg)となっています。
さらに,適応外使用の場合には、これまでに知られていない、思わぬ副作用につながる可能性も否定できません。栄養不足や臓器障害を起こすような食欲不振や、低血糖による失神なども懸念されます。
糖尿病や肥満症の治療の一環として処方された場合であれば、副作用含め、医師による総合的・継続的なフォローが行われますが、ダイエット目的のオンライン処方の場合には、「専門医ではないため対応できない」と言われるケース等が報告されています。
▽国の救済制度の対象にならない
医薬品の副作用により、入院治療が必要になるほど重篤な健康被害が生じたと認められた場合に,医療費や年金などを給付する公的な制度として,「医薬品副作用被害救済制度」があります。ただ、救済対象はあくまでも、医薬品を適正に使用した場合に限られるため,GLP-1受容体作動薬を、本来の対象者でない人が、美容・ダイエット等の目的で使用して、重篤な健康被害が生じた場合には、この制度の救済給付を基本的には受けられないということになります。
▽真に必要とする患者に薬が届かない
GLP-1受容体作動薬の需要の高まりに生産が追いつかず、昨年3月から一部が出荷停止や限定出荷となり、医療現場では供給不足に苦慮する状況が続いています。糖尿病の患者が、血糖値のコントロールが悪くなると、生死にかかわる合併症などが憂慮されます。
GLP-1受容体作動薬の在庫ひっ迫を受け、国は、①医療機関及び薬局に適正使用を求め、また、②医薬品卸売販売業者には、ダイエット目的で処方することが明らかな医療機関には納入せずに、糖尿病治療を行っている医療機関・薬局へ供給するよう、依頼しています(2023年11月9日厚労省通知)。
▽医師法違反の疑い
診察や処方は医師(+歯科医師)しか行うことができませんが、一部のオンラインクリニックでは、処方権限のない看護師や、相手が誰だか不明、あるいはチャットの問診のみで、GLP-1受容体作動薬を処方されるケースが確認されています。医師以外が医行為を行うことは、医師法に違反するおそれ(3年以下の懲役若しくは100万円以下の罰金)があります。
国のオンライン診療のガイドラインでは「顔写真付きの身分証明書を用いて医師本人の氏名を示すこと、医籍登録年を伝えること」等とされていることにも、抵触する可能性があります。
■新発売の市販薬について
今年の春に、日本初の内臓脂肪減少薬(「アライ」)が、薬局・ドラッグストアで市販される予定ですが、本剤は、慎重に販売する必要がある「要指導医薬品」とされていますので、販売に際しては、薬剤師が購入者の提供する情報を聞くとともに、対面で、書面にて当該医薬品に関する説明を行うことが義務付けられています。
服用の要件として、「腹囲が男性85センチ以上、女性90センチ以上で、糖尿病や脂質異常などの健康障害がない18歳以上」で、あくまで食事や運動といった生活習慣の改善を助ける補助的な使用であり、購入者は「購入前3カ月以上の生活習慣改善の取組みと、購入前1カ月の生活習慣と腹囲や体重を記録」し、薬剤師は上記の購入条件を満たす人にだけ販売する形を取ります。糖尿病などの健康障害を有する人は、医師による治療の対象となるため、この薬の対象外です。
適正使用が守られるよう、製薬会社は、購入前に投与の対象となるかを確認できるチェックシートを作成し、eラーニングによる研修を受けた薬剤師のみが販売に従事できることになっています。
「アライ」は、食事で取った脂質が小腸で吸収されるのを妨げ、脂質は便として排出されるという作用のため、副作用として、便を伴う放屁、油の漏れ、軟便等の消化器症状が、45.0%の方に出現しています。
元々、米国で1999年に医療用医薬品として承認され、医療用では120カ国以上、OTC医薬品としても70カ国以上で使われてきていますが、医療用医薬品としてのプロセスを経ずに、日本でOTC医薬品として承認されるまでには、紆余曲折がありました。
適正に使用されること、肥満症というほどではないという方は「アライ」で状況を改善し、そして、必要な場合にはきちんと医療機関の受診につながっていく、という「OTC医薬品としての役割」がしっかりと果たされることが望ましいと思います。
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年齢とともに代謝が下がり、運動しなきゃと思いつつ踏み出せない己を省みて、情報が氾濫する中で、原点に戻って、食生活や運動等の方法で、心身の健康を維持していくことの大切さも、しみじみと思う次第です。
また、本稿では触れませんでしたが、やせる必要がないのに、「もっとやせなきゃ」と思い悩む、そして「やせ過ぎ」による心身の健康被害といった深刻な状況もあり、世の中のいわゆる『ルッキズム』のもたらす弊害の大きさを、改めて思います。
◆豊田 真由子 1974年生まれ、千葉県船橋市出身。東京大学法学部を卒業後、厚生労働省に入省。ハーバード大学大学院へ国費留学、理学修士号(公衆衛生学)を取得。 医療、介護、福祉、保育、戦没者援護等、幅広い政策立案を担当し、金融庁にも出向。2009年、在ジュネーブ国際機関日本政府代表部一等書記官として、新型インフルエンザパンデミックにWHOとともに対処した。衆議院議員2期、文部科学大臣政務官、オリンピック・パラリンピック大臣政務官などを務めた。