3つの線路に囲まれた場所に、林立する広告看板…近鉄「三角地帯」の謎 実は近鉄特急のスピードアップに大きく貢献
近鉄には鉄道ファンの間で「ものすごく有名な三角地帯」があります。3つの線路が三角形を描くように走り、線路に囲まれたそんなに広くはない三角地帯の中には大量の広告看板が立ち並んでいます。立ち並ぶ広告の中には、有名な鉄道ユーチューバーが出した看板もあり、それを目当てに電車に乗る人までいるそうです。
見方によっては少し異様で、ミステリアスな場所ですが、実は近鉄の運行にとっては欠かせない存在。大阪~名古屋間を走る直通特急の利便性向上に大きく貢献しているのです。10年ほど前までは、運転台にて「日本唯一の珍しいシーン」が見られたのもこの三角地帯でした。日本屈指の鉄道ネタの宝庫「近鉄の三角地帯」を見てきました。
■目を引く「スーツ絶賛!!」と描かれた看板
三角地帯は三重県松阪市にある伊勢中川駅の北側に位置します。近鉄の「大阪線」「名古屋線」と大阪線・名古屋線を結ぶ「中川短絡線」の3線で囲まれたエリアです。
大阪方面から近鉄名古屋行き特急に乗り、大阪線・川合高岡駅を通過してしばらくすると、速度が落ちます。そして、前方方向右側に3線に囲まれた三角形の空白地帯が見られます。
三角地帯には地元の企業や三重県を代表するお土産「赤福」など、さまざまな広告看板が立ち並んでいます。その中でひと際目立つのが鉄道系有名ユーチューバー「スーツ」さんの看板です。スーツさんは主に鉄道旅行に関する動画を投稿しており、チャンネル登録者数は約88万人にものぼります。
注目の看板は3方向の線路から見やすいように細長い三角柱のかたちになっていて、「中川短絡線」「鉄道YouTuberスーツ絶賛!!」と描かれています。スーツさんの表情と、特急「ひのとり」の写真も添えられています。
SNS上には「スーツさんの看板発見」といった投稿が見られますが、想像以上に芸の細かい看板の様子に、思わずアップしたくなる気持ちも分かります。
今度は名古屋方面から伊勢志摩行き特急に乗り、あらためて三角地帯を観察します。「そろそろ三角地帯が近づいたなあ」と思った矢先に、伊勢中川駅到着のアナウンスが入りました。
伊勢中川駅で伊勢志摩方面から来た大阪方面行きの特急とドア・ツー・ドアで連絡。三角地帯もさることながら、伊勢中川駅でのドア・ツー・ドアの連絡シーンもなかなか貴重です。
■大阪~名古屋間の直通特急の命運握る短絡線
近鉄の三角地帯の歴史は伊勢中川駅の歩みにも関連しています。伊勢中川駅が誕生したのは近鉄の前身である参宮急行電鉄時代の1930年5月。当初の駅名は参急中川駅でした。
伊勢中川駅開業時の大阪線は奈良県の榛原駅止まりであり、現在の名古屋線・山田線にあたる久居~外宮前(現宮町)間のみ同駅に乗り入れていました。同年11月に現在の大阪線にあたる佐田(現榊原温泉口)~伊勢中川間が開通しました。
1947年になり、大阪~名古屋間に有料特急列車が設定されます。しかし、この時は大阪線と名古屋線で線路の幅が異なり、伊勢中川駅での乗り換えが必要でした。1959年に名古屋線の線路幅が大阪線と同じ標準軌(1435ミリ)に統一。同年末に大阪~名古屋間で直通特急列車が運行されましたが、伊勢中川駅でのスイッチバックが所要時間短縮の障害でした。
そこで、大阪線と名古屋線をつなぐ連絡線「中川短絡線」の敷設を決定。1961年に名阪ノンストップ特急が中川短絡線を通るようになり、2年後の1963年からはすべての名阪特急が短絡線経由となりました。
短絡線が完成したことにより、名実ともに名阪間の完全ノンストップ運転が実現。名阪間の所要時間は当時の国鉄の在来線特急と肩を並べる2時間13分となりました。
■電車が動いている最中での運転士交代も
かつて、近鉄名古屋~鶴橋間無停車の名阪ノンストップ特急は中川短絡線にて電車を徐行させた状態で、運転士の交代を行っていました。電車を走らせながらの運転士交代は近鉄ならではの芸当でした。
交代は次のように行われました。交代要員の運転士は運転台の横に座ります。交代時は運転士がブレーキハンドルから手を離すと、即座に交代要員の運転士がブレーキハンドルを握り、そのまま運転台の席に座りました。
しかし、2012年3月のダイヤ改正により、名阪ノンストップ特急が津駅に停車するようになり、短絡線での運転士交代は廃止となりました。
同じく2012年には短絡線にかかる橋梁の付け替え工事が終了しました。川をまたいで作られた短絡線ですが、橋の高さが低く、洪水時には木やゴミひっかかり、水をせき止めて被害を拡大させてしまう恐れがありました。
そこで川底を堀った上で、新しい橋梁を設置。より安全性が増しました。あわせて新橋梁ではカーブがゆるやかにできたため、速度制限が緩和されています。
このように、近鉄の三角地帯は運行に不可欠であると同時に、時代に流れに合わせて少しずつ変化しているのです。
(まいどなニュース特約・新田 浩之)