「卒塔婆一本ばかり」「参り寄る人もなし」の藤原氏の葬地 平安京の墓地は都人にとって異界だった

女優・吉高由里子さんが主演で平安時代を生きた紫式部を演じるNHK大河ドラマ「光る君へ」。第9回では盗賊として捕まった直秀(演・毎熊克哉さん)が葬られた鳥辺野で、藤原道長(演・柄本佑さん)と紫式部(まひろ)が遺体に合掌し、手で土を掘り、埋葬するシーンがありました。現在の京都市東山区の清水寺南側付近にあたる鳥辺野は平安京の葬地の一つですが、藤原氏をはじめとする貴族の葬地はどのような場所だったでしょうか。今回は藤原氏の葬地、木幡山(京都府宇治市)についてひも解きます。

藤原実資(演・秋山竜次さん)の日記『小右記』寛仁二年(1018年)六月十六日条に、「先祖、木幡山を占め、藤氏の墓所と為す。仍りて一門の骨を彼の山に置き奉る。」とあり、木幡山の墓地が藤原氏の葬送の地として代々使用されていたことがわかります。

『栄花物語』巻十五、「うたがひ」に、

「木幡といふ所は、太政大臣基経のおとど、後の御諡昭宣公なり、そのおとどの点じ置かせ給へりし所なり、藤氏の御墓と仰せて掟てたりける所…」

とあり藤原基経が占定した墓所であったことがわかります。また、『栄花物語』巻五、「浦々の別」には、藤原道長と対立した伊周(演・三浦翔平さん)が大宰府に左遷されることになった長徳二年(九九六年)四月二十五日に、父道隆(演・井浦新さん)の墓にお参りした記事があります。

月は明るいけれど、このあたりはたいそう木が繁って暗いので、たしかこの辺であったなと見当をつけていらっしゃって、墓所の山近くで馬から下りられて、暗くうち沈んだお気持で繁みを分け入って行かれるが、木の間からもり照る月影をたよりにして、卒塔婆や釘貫のたくさん立つなかに、「これは去年のいまごろ立てたものぞ、だから多少新しく見えるけれど、その当時から人々がたくさん亡くなられたのだから、父殿のお墓はどれだろうか」と尋ねあてて、墓前に詣られた。

このように父の墓であっても捜さなければわからない様子がうかがえます。『栄花物語』巻十五、「うたがひ」は、

あるは先祖の立てたまへる堂にてこそ、忌日にも説教、説法もしたまふめれ、真実の御身を斂められ給へるこの山には、ただ標ばかりの石の卒塔婆一本ばかり立てれば、又参り寄る人もなし

と記し、藤原氏の墓地であっても、石の卒塔婆のみが立てられ、墓参するものもないことがわかります。先の藤原伊周の例とあわせると、平安貴族の墓地は、木々が茂り、鬱蒼とし、卒塔婆は立っているもののどこに誰が埋葬されているかもわからない、日常的に近寄る場所ではなかったことが理解できます。現代の私たちのイメージする墓地とは大きく異なるものでした。

そして、貴族は埋葬されるものの都の人々や罪人は、埋葬されることもなく、鳥辺野などに遺棄されていたのです。平安京の墓地は、都に住む人々にとって、貴賎を問わず異界だったのです。

(園田学園女子大学学長・大江 篤)

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