イランがイスラエルに初の直接攻撃「強いイラン」を世界に見せつけねばならなかった理由

イラン当局は4月14日、イスラエルに向けミサイルや無人機など200発あまりを発射したと発表した。今月1日にシリアにあるイラン大使館がイスラエルによるミサイル攻撃を受け、イラン革命防衛隊の司令官や軍事顧問などが犠牲になったことへの報復と主張している。イスラエル当局はその多くをイスラエル領外で撃墜したが、複数のミサイルがイスラエル領内に落下し、子供1人が負傷、南部にあるイスラエル軍基地に軽微な被害が生じたと明らかにした。今後はイスラエルがこれにどう反応するかだが、仮に報復に出れば双方の間で軍事的応酬が激しくなり、中東全域に緊張が拡大する恐れがある。

しかし、今回イスラエルへ初の直接攻撃を行ったイランには大きなジレンマがあったと考えられる。今日、イスラエルとイランには決定的な立場の違いがあり、イランは平時にあるが、イスラエルは自らが有事にあることを強く認識しており、イスラエルにとって軍事的オプションというものはそれほどハードルが高いものではない。それをリスクと認識しているイランは、イスラエルへの報復でより踏み込んだ行動を取れば、自らが返ってイスラエルの有事に巻き込まれる恐れを強く懸念している。また、米国がイスラエル寄りの立場を鮮明にし、さらに経済制裁などを強化されれば、イランとしては被る被害が寛大になる。

今回の攻撃でイランはミサイルや無人機など200発あまりをイスラエルに向けて発射したが、イスラエルの整備された防空能力を考慮すれば大した被害が生じないことは想像に難くなく、イラン側も被害を与えるというより、イスラエルを政治的にけん制する狙いだったと言えよう。イランは今回の攻撃後、「これで終わったと考えている」と率先して幕引きを図る姿勢を示した。

一方、イランにはもう1つの懸念があったと考えられる。前述で示したように、イスラエルを刺激し過ぎれば返って自らが戦争に巻き込まれる懸念がある一方、イスラエルに弱腰の姿勢を示し続ければネタニヤフ政権を利するだけでなく、レバノンのヒズボラやイエメンのフーシ派、シリアやイラクで活動する親イランのシーア派武装勢力などからの支持を失う懸念がある。

昨年10月7日にイスラエルとハマスとの間で衝突が激化して以降、ヒズボラやフーシ派などはハマスとの共闘を宣言し、反イスラエル闘争をエスカレートさせている。イランは長年そういった親イラン勢力を軍事的に支援しているが、自らが直接イスラエルと武器を交えるのではなく、親イラン勢力がイスラエルと交戦するという代理戦争的な環境がイランにとっては都合が良かった。

しかし、昨年10月以降の戦況は前代未聞なレベルにあり、親イラン勢力が反イスラエル闘争にエンジンを掛ける中、イラン大使館という政治性高い施設が攻撃されたにも関わらず何もしないということになれば、イランとしては親イラン勢力に説明や示しが付かない。今回のイスラエルへの初の直接攻撃は、イスラエルを強くけん制するだけでなく、イスラエルと前線で戦う親イラン勢力に対して「強いイラン」の存在を見せつけ、親イラン勢力の士気をいっそう高める狙いもあった。今回の攻撃はここで示した2つの懸念の中、イランが取った自制的報復措置と言えよう。

◆治安太郎(ちあん・たろう) 国際情勢専門家。各国の政治や経済、社会事情に詳しい。各国の防衛、治安当局者と強いパイプを持ち、日々情報交換や情報共有を行い、対外発信として執筆活動を行う。

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