「みんな石原さとみを舐めている」 主演映画「ミッシング」での体当たり演技に吉田恵輔監督も感服…「今年の女優賞は彼女」

4月某日、映画「ミッシング」試写帰りのエレベーター内には静かな熱気と興奮が渦巻いていた。「ヤバすぎる…」「石原さとみがすごかった…」「役者がみんないい…」。娘が失踪し、悲しみと苦悩の日々を送る夫婦を描いた作品で、「ヒメアノ~ル」(2016年)や「空白」(2021年)などで知られる吉田恵輔監督の最新作。主演の石原さとみさんは7年ほど前、自身のキャリアに行き詰まりを感じ、「私を壊してほしい」と吉田監督に直談判して出演にこぎ着けたというだけあって、渾身の演技で新境地を開拓している。自身で脚本も手掛けた吉田監督に、「ミッシング」の手応えや石原さんの印象などについて聞いた。(※「吉」の正式な表記はつちよし)

■「空白」からちょっと大人になった

-まだ公開前ですが、すでに絶賛の声が飛び交っています。私が見た回も、周りが騒然としていました。そういう映画って実は年に何本もありません。監督の手応えはいかがですか。

「『空白』の手応えと似ていますけど、あの時よりは自分の世の中に対する見方などが少し“大人”になったような感覚がありますね。振り返ると『空白』では俺もだいぶ怒っていたので、もっと攻撃的というか、暴力的というか、乱暴でした。だから『ミッシング』で大人になった分、今は『これでいいのか?』『俺はもっと下品な映画を作らないといけないんじゃないか?』という恐怖感に駆られています」

-え、恐怖感…ですか?

「いや、『ミッシング』はこれでいいんです。試写の評判もいいし、皆さんに褒めていただける映画ができたという手応えも感じています。でもそうなると、全てを台無しにしたいという欲求も湧いてくるんです。作り終えた瞬間からもう、恐怖ですよ」

■娘が失踪…最後まで状況が動かない物語

-「ミッシング」は幼い娘が失踪した夫婦の物語ですが、事件の真相に迫るようないわゆるミステリとは違いますね。

「『折り合いがつけられない人』の話にすると決めていたので、最初と最後で状況は何も変わっていません。考えてみたら、物事って先に進みませんよね。時間を経て進むのは“自分”であり、それによって世界の見え方が変わっていく。俺ならどう変わるだろうと模索しながら脚本(ホン)を書きました」

-吉田監督はデビュー以来、13本中10本がオリジナル脚本です。

「モチベーションは自分でもわからない。最近ますますわからなくなってきました(笑)。映画を作りたいという思いは常にあるけど、ホンは書きたいというより『書かなきゃいけない』という感じ。書いていて楽しいという気持ちは一切ありません。地獄のように苦しいので、関係ない動画を見たりしてすぐ逃げてしまいます」

-「ミッシング」はどうでしたか。

「苦しかった。娘が失踪してから何も事態が動かない中、母親である沙織里(さおり)はどういう風に救われていくのか。子供が見つからなくて2時間ビラを配るだけの映画なんてあり得ないわけで、そうなると結局、関係性の変化で見せるしかない」

「例えばテレビ局と沙織里の共依存関係みたいなものが急に発生しますが、それは何故かというと、ただテレビ局の“内部”の事情があるから。時間経過に伴う夫婦関係の変化もそうですね。沙織里という一人の人間から伸びる矢印がどう変わるかで物語を見せていく。少しでも間違えるとつるんと流れていっちゃうし、逆に狙いすぎると説教臭くなっちゃうので、そのバランスはものすごく考えました」

■現場でパニック状態になった石原さとみ

-石原さとみさんが演じる沙織里のキャラクターがなかなか強烈で、観客に安易な感情移入や“悲劇の母”というレッテル貼りを許しません。

「暴れまくってますからね。最初の40分くらいは観客全員が沙織里のことを嫌いなんじゃないですか。もちろん、それはわかっているんですよ。だから後半で取り返さなきゃいけない。ところが、撮影していて辟易するくらい沙織里が手に負えなくて、どうしよう、俺まだ嫌いなんだけど(笑)、これ本当に取り返せるのか!? という不安はずっとありました」

-石原さんの本作にかける気迫には圧倒されます。特に「娘が見つかった」と聞いて警察署の階段を駆け上がっていく一連のシーンが白眉でした。

「狂っちゃってますよね。あれ、現場で笑っちゃったもん」

-笑った?

「だって、彼女があまりにも壊れているから。映画に使っているのは確か3テイク目なんですけど、2テイク目くらいで俺が『もう少しこうしてほしい』とオーダーしたことで頭が真っ白になっちゃったみたいで。パニックになった結果、俺のオーダーと全く違う演技のアプローチで階段を上がってきたんですよ。まさかあんなことになるとは思っていなかった(笑)」

■普段からタレントみたいで、生々しさがない

-石原さんは自分から吉田監督の映画に出たいと直談判してきたんですよね。思い入れが強すぎたのでしょうか。

「彼女は俺のことを勘違いしていると思う。彼女みたいなぶっ壊れた演技なんて、俺の映画では誰もやっていません。俺の映画のトーンに合う人を俺が使っているだけなので、みんなもっと普通に、淡々と演じています」

「むしろ必要なのは余計なものを削ぐ作業。例えばテレビのドラマにたくさん出ている人は演技がちょっと大袈裟になりがちなので、楽屋で話しているくらいのテンションに抑えてもらう。ところが石原さんって、プライベートがすでにドラマっぽいというか、生々しさがあんまりないんですよ。『もっと普段通りの感じで』と言いたくても、普段からタレントみたいだからそもそも伝わらないし、手に負えないわけ。だから撮った映像で俺たちが“そう見せる”しかない、その手法で何とか作っていこうとあれこれ試行錯誤しているうちに、石原さんがどんどん壊れていったんです」

■迷走する主演女優、現場が回らない…!

-石原さんは最初、弱り切った状態で現場入りしたと聞きました。

「弱っているというより、真っ白。スタート位置に着いてあとは走るだけなのに、肝心の走り方がわかっていないような状態でした。演技のギアが全然違うので、強弱などの調整もできなくて、なんでもない台詞ですらひたすらドツボにハマるから現場が回らないわけ。ゾッとしましたね」

-石原さんも吉田監督も、何も見えないまま走り出したわけですか。

「でも、映画って全部そうですよ。全ての映画のスタートは“賭け”。例えば仲良しの2人がいて、最後に仲が悪くなるというストーリーがあるとして、中盤はどれくらいのテンションなのかなんてわからないでしょ。それでクランクインするんだから、やっぱりギャンブルです。あとは監督の手腕というか、“読み”にかかってくる。まあ俺は自分でホンを書いているので基本的に間違うことはないんだけど、それでも毎回ものすごく不安ですよ。オッケー!と笑顔で言いながら、内心めっちゃくちゃ不安(笑)」

「なのに、今回は石原さんがそれどころではないレベルの不安に潰されそうになっていて、他の人の何十倍も俺に『今ので合ってますか?』『大丈夫ですか?』と必死に確認してくるんです。そんな形相で目を見て言われても、俺だって正直わからないんだよね(笑)」

■「石原さとみはこの作品で女優賞を取る」

-その甲斐あってか、石原さんは完成披露試写会でステージに立っただけで泣いてしまうほど「ミッシング」が特別な作品になったようです。大阪の試写会でも、「大袈裟ではなく本当に命がけで取り組んだ作品」と万感の思いがこもった挨拶をしていました。

「よかったなあとは思いますが、彼女が現場で勝手に新しいスタイルを始めただけなんですよ。俺としては、石原さとみから生まれる“何か”をキャッチャーのようにしっかり受け止める…そんな気持ちでした。もう一回こんな映画を撮れと言われても、多分無理でしょう。『ミッシング』で石原さんがどこまでやれるのかがわかったので、次にそのレベルを想定して撮ったとしても、もうそれは奇跡ではないですからね」

「この映画で、石原さんはいろんな賞を取ると思う。一緒に走り切ったという感覚があるので、そうしたら救われる。賞をもらうのってベタなことかもしれないけど、それでも『誰かに届いた』ということですから。俺は彼女のことを素晴らしいと思っているし、もちろんすごく褒めてもいるけど、それが他の人たちにも伝わったという証しが欲しい」

-一緒に走った、というのはいいですね。

「あとね、石原さとみのことをみんな舐めてると思う。俺も舐めてた。石原さとみって、そこまでではないだろうと思ってた。でもね、彼女は演技に関して本物でしたよ。狂っていたと言ってもいい」

「第一線を走り続ける女優が『自分に飽きたから壊してほしい』と言ったって、まあ彼女には彼女なりの苦しみがあるのはわかるけど、それでも俺の周りには台詞ひとつ勝ち取っただけで大喜びするような売れない役者がめちゃくちゃいるので、余裕がある人間の気まぐれにすら聞こえちゃうわけ。それでも、彼女は頑張った。本当によく頑張った。映画を見たらそれはちゃんと伝わると思うんだよな。公開されたら『石原さとみの見方が変わった』みたいなレビューを漁りたいよ(笑)」

-でも今年は他の日本映画も強そうです。

「確かにそうだけど、敵が強ければ強いほど圧勝したら4団体統一王者みたいでかっこいいじゃん。誰でもタイマン張るよ!ていうくらいの気持ちでいますけどね。作品賞とかは審査員の好みがあるのでわからないけど、女優賞に関しては相当強いと思う。石原さんが取ってくれたら、俺の株も上がるかな(笑)」

【吉田恵輔】1975年生まれ、埼玉県出身。2006年、「机のなかみ」で長編映画監督デビュー。以来、「さんかく」(2010年)や「ヒメアノ~ル」(2016年)、「空白」(2021年)、「神は見返りを求める」(2022年)など数々の衝撃作を世に放ち、「人間描写の鬼」という異名も持つ。

◇  ◇

「ミッシング」は5月17日(金)全国公開。

(まいどなニュース・黒川 裕生)

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