芦屋の豪邸で飼育放棄されていた、犬と猫を救え 「2匹は置いていきます」80代お婆さんの施設入所に、住民が立ち上がる
年老いた親のために、犬や猫を買ってプレゼントする子どもが存在します。高齢であっても世話がちゃんと出来るのであればペットは日々の活力になり、良いプレゼントでしょう。しかし、世話ができない状態なのにペット送り込まれたら、高齢者もペットもつらい想いを味わってしまいます。
兵庫県芦屋市の山の手で暮らす柴犬のさくらちゃん(現在15歳)猫のミミタくん(現在推定15歳)も、広いお屋敷に住む80代のお婆さんと一緒に暮らしていました。さくらちゃんは、お婆さんの息子がホームセンターで購入した犬。子犬の時にお屋敷へやってきました。ミミタ君は、近所の方がノラ猫が生んだ仔猫がカラスに襲われているところをレスキューされた内の1匹です。
■高級住宅街の犬と猫
2匹の月齢は近いものの、ミミタくんはさくらちゃんをお母さんのように慕い、いつもべったり。さくらちゃんに危害を与えそうな存在がいたら、飛んでいって追い払いました。
種を超えて仲の良い姿は、とても愛らしいもの。さぞかし飼い主のお婆さんは可愛がったと思いきや、はたから見るとどうも違います。
さくらちゃんは可愛い盛りの子犬のころだけ、おんぶしたり犬の幼稚園に通わせてもらったりと可愛がってもらっていましたが、それもいつしかなくなり散歩にも連れていってもらっていません。ミミタくんもほぼ放置ですから、見かねた近所の人が去勢手術をして耳カットをするほど。
ご飯は玄関土間にばらまかれたドッグフードを、2匹が這いつくばって食べる形です。栄養のことなど考えていません。当然、健康のことも考えていませんから、2匹は予防接種を行っていませんでした。
何より近所の人を困らせたのが、2匹ともノーリードで放し飼いにされている点です。交通事故や不慮の事故が懸念されました。何度もお婆さんのところへ、適正飼育のお願いに行ったものの、「うちのやり方に口を出さないでほしい」と取り付く島もありません。
次第にお婆さんは日中家を空けるようになりました。朝ごはんが終わるとバスに乗って、駅前へ出かけるのです。さくらちゃんとミミタくんは、お婆さんの後をトコトコ歩いてついていきます。バス停で一緒にバスを待ち、お婆さんがバスに乗り込むとバスが見えなくなるまでお見送り。その後は、町内を徘徊して過ごします。夕方になると、2匹はバス停にお迎えです。
■息子は「犬と猫は置いていきます」と…
そんな日々が約8年続いた2017年10月のこと。お婆さんの息子がお屋敷にやってきました。大きな荷物をいくつも車に載せており、どうやらお婆さんを施設に入れるよう。近所の人たちは、さくらちゃんとミミタくんをどうするのか息子に尋ねました。息子が連れてきたさくらちゃんだけでも、引き取ってほしという願いを込めた質問です。
でも、その願いは虚しいものだとすぐ分かりました。
「犬と猫は置いていきます」
驚いた近所の人たちは、慌てて公益財団法人「どうぶつ基金」の佐上邦久さんに電話をかけました。実は、佐上さんも近くに住んでおり、以前からさくらちゃんとミミタくんのことで胸を痛めていたのです。
知らせを聞いた佐上さんと妻の悦子さんは、この時、大阪市内にいたのに車をすっ飛ばしてさくらちゃんとミミタくんのもとへ駆けつけます。この日の予定も何もすべてキャンセルしました。2つの命の方が大事だから。
小一時間ほどかかったものの、お婆さんと息子がまだお屋敷にいる間に2人は到着。すぐ譲渡契約書を作成して、署名捺印してもらいます。息子は「たかが犬と猫なのに」と怪訝そうな表情。息子は気づいていなかったかもしれませんが、そう思っているのは、この場にお婆さんと息子しかいませんでした。
さくらちゃんとミミタくんは、車に乗り込むお婆さんをいつものように見送ります。2匹はまるで「今日はバスじゃないね」と言い合っているかのよう。お婆さんは振り返ることなく、車のドアを閉めました。車が見えなくなるなで、2匹はお婆さんを見送りました。いつものように。
■消しきれないモヤモヤ
さあ、佐上家の子になったさくらちゃんとミミタくん。今までのお屋敷よりももっと広いお屋敷にお引越しです。大阪湾まで見渡せる高台のお屋敷には、広いプールもありますし、木登りが楽しめる広いお庭もあります。このお庭を流れるせせらぎでお魚を探すのも楽しいでしょう。
ご飯も土間に撒かれるのではなく、ちゃんと専用のお茶碗を用意してもらいました。さくらちゃんにはドックフードを、ミミタくんにはキャットフードを。ご飯のあとは、ちゃんとお茶碗を洗ってもらえます。トイレだっていつも清潔です。
ミミタくんは消せないモヤモヤを抱えます。綺麗なお茶碗に盛られたご飯に口をつけられません。「いつものように」さくらちゃんと同じものが食べたいと、佐上さんに訴えます。佐上さんはミミタくんの健康を考えると、その願いを聞き入れるわけにはいきません。
というのも、ミミタくんもさくらちゃんも動物病院の検査の結果が良いとは言い難いものだったんです。さくらちゃん心臓に問題あり、子宮筋腫でした。ミミタくんは病的でないものの、健康優良とは称し難い。
何でも良いから食べてほしい。
■誰もいないお屋敷へ
ハンストと同時に、家出も開始しました。といっても、朝と夕だけの家出。器用にドアを開け、出て行ってしまうのです。向かう先は、今や誰も住んでいない元のお屋敷かバス停。いるはずもないお婆さんを探します。
人間から見ると酷い飼い主だったお婆さんも、ミミタくんにとっては初めてご飯をくれた人間。様々な酷い仕打ちも「愛情」だと信じ込んでしまった。「愛情」だと信じないと、生きていけなかったのかもしれません。
もしかすると、佐上さん夫妻が用意した綺麗なお茶碗もフカフカのベッドも、ミミタくんが経験したことがないもので怖かったのかもしれません。これに慣れてしまったら、二度とお婆さんに会えなくなると思ったのでしょう。
お婆さんが帰ってくることはないと分かっている佐上さんと悦子さんは、やりきれない想いを抱えつつも、ミミタくんを見守りました。何度家出をしても迎えに行き、ミミタくんが食べられそうなフードを探します。
そんな時、見つけたのがささみジャーキーです。さくらちゃんと一緒に食べられるおやつで、ミミタくんも美味しそうに口にしました。やはり「さくらちゃんと一緒」が安心できる要素のようです。
これに気づいてからは、家出の際にさくらちゃんも一緒に迎えに行くようになりました。こうすると、ミミタくんは安心して家に帰ることができたのです。
■本当の「愛情」
2匹が佐上家に迎えられ、1カ月ほどたった朝のこと。佐上さんがいつものようにご飯を準備していると、ミミタくんが「おなかすいた」とご飯の催促をしてきました。試しにキャットフードを盛ったお茶碗を出すと、ミミタくんは嬉しそうに食べ始めたのです。ようやく食べてくれたと、佐上さんはほっと一息をつきました。
同時に朝と夕の家出もなくなったんです。家出をするよりも、悦子さんのお膝にのって撫でてもらう方が良いみたい。さくらちゃんとは相変わらず仲良し。
何の不自由もなくなった暮らしの中でミミタくんは気付きました。バス停まで迎えに行かなければならないほど、不安を覚える日々はもうないと。夫妻がお出かけをしても、ちゃんと帰ってきてくれる安心感があります。
そんなミミタくんに、佐上さんと悦子さんは言います。「いつまでも一緒だよ」と。ミミタくんはゆっくりまばたきをして、おでこを2人とさくらちゃんにこすりつけました。
穏やかな日々がいつまでも続きますように。
◇ ◇
▽公益財団法人どうぶつ基金
現在、公益財団法人どうぶつ基金では犬や猫の引き取りを行っていません。ミミタくんとさくらちゃんは佐上さんが個人的に家族として迎えました。
(まいどなニュース特約・ふじかわ 陽子)