目が見えず鼻も利かず、音だけを頼りに生き抜いてきた黒猫 人はまだまだ怖いけど…同居猫たちと穏やかに暮らす
■庭に現れた猫
黒すけちゃんは、メインクーンのような長毛猫。愛護団体NPO法人ねこけんのメンバーTOR夫妻の家で暮らしている。黒すけちゃんが生きていられたのは、わずか「50cmの塀」のお陰なのだという。
黒すけちゃんは、メンバーTOR夫妻の家の庭に突然現れた猫だった。猫が好きなTORさんは、他の子同様にごはんをあげた。しかし、何かがおかしい。どこか、他の子達と違う。TORさんがもっとよく観察してみようとしているうちに、黒すけちゃんはどこかへ行ってしまった。
「まあ、大丈夫でしょう。ごはんも食べていたし。何処かの飼い猫さんかも知れない」と思ったTORさん。その後、黒すけちゃんはたまに庭に現れるものの、ごはんを食べては何処かへ消えていった。
■目が見えないんだ!
やはり、どこかおかしい。TORさんの心には、モヤモヤとした「何か」がずっと残っていた。
ある日の夜、久しぶりに姿を見せた黒すけちゃんは、他の猫に追われてダッシュで逃げて行った。たまたま居合わせたTORさんが、黒すけちゃんの逃げて行く姿を目で追っていると、何と!黒すけちゃんは道路に飛び出し、走ってくる車のヘッドライトに向かって一直線に突っ込んで行った。
「危ない!!!」
慌てたTORさんが飛び出して追いかけると、幸い車は黒すけを避け、黒すけちゃんはそのまま暗闇に消えて行ったという。TORさんは肝が冷えたが、今までもやもやしていた「何か」の正体に気がついた。
「目が見えないんだ…」
目が見えない猫が外で生きることは不可能に近い。その後、TORさんは、目が見えない黒すけちゃんの姿を必死で探した。しかし、発見することはできなかった。
黒すけちゃんを見失ってから、約1週間後。TORさんは、近所の方から「50cm位の塀を越えられず困っている猫がいる」と聞いた。「怪我か、老猫かな…」と思いながらも放置できず、現場へ向かったTORさん。そこには、わずか50cmの塀の前で、ウロウロと途方に暮れている猫がいた。
「黒すけ!」焦る気持ちを抑え、急いで捕獲器を仕掛けると、あっさりと中に入った。
「余程お腹が空いていたんだね…」
その日から、黒すけは、TORさんの家で暮らすことになった。
一緒に暮らし始めて、TORさんは、黒すけの不思議な行動に気がついた。
「ごはんを食べる時は、ビニール袋をカシャカシャと鳴らしていないと食べないのです。カシャカシャを止めると食べるのも止めてしまいます。鳴らしている間は、自分の前にはごはんがあり、食べることができると記憶していたのです。」
誰がどのように黒すけにその事を教えてあげていたのか。飼い猫だったのか他の餌場で餌やりさんが教えてくれたのか、答えは謎のままだ。
どうやら鼻も良くは効かない黒すけちゃん。唯一健在な聴力を頼りに、食事やトイレをして、水を飲んでいた。また、黒すけちゃんは人に全く馴れていない。
触ろうとすると「ヴー!!!」っと低く唸り、「シャー」っと怒る。目の見えない黒すけちゃんにとって、攻撃は最大の防御だった。TORさんが、どんなに安心させようと優しく語りかけても、どんなに愛情を込めて触れようとしても、黒すけちゃんは逃げ回った。TOR夫妻は、黒すけちゃんを優しく見守ることにした。
数ヶ月で室内の環境になれて来た黒すけちゃん。相変わらず人には厳しいが、猫には優しい。
「子猫や他の猫と一緒に寛ぐ黒すけの姿を見守っていると、黒すけがうちに来てくれてよかったと、心から思います。あの日、黒すけが50cmの塀を越えられなくて、本当に良かった。」
なぜ黒すけちゃんの目が光りを失ったのか、なぜ黒すけちゃんが外で生活をしていたのか、なぜ黒すけちゃんがごはんの時に袋を鳴らさないとごはんを食べないのか。
「疑問は消えないままですが、目の前にいる黒すけの姿を見ていられる事が何よりも嬉しいんです。」
(まいどなニュース特約・渡辺 陽)