逆転の発想?ちゃぶ台返しの暴論? 高齢者定義「65歳→70歳」→労働人口700万人以上増→定年や年金にも影響か
5月23日に開かれた経済財政諮問会議で、高齢者の定義を65から70歳以上へと引き上げるべきとの提言がありました。まだ提案の段階にもかかわらず、ネットでは反感のコメントも多く寄せられ、著名人も苦言を呈する一幕が見られました。
しかし戦後、私たちの寿命は長くなり続けており、高齢者の定義を変える提案が出てもおかしくはありません。高齢者とみなされる年齢が上がると、現役世代となる人口が700万人以上増える見込みです。少子高齢化が進み労働者が減っていく中、現役世代がこれだけ増えると、日本のGDPを大きく引き上げる効果があります。
もし高齢者の定義が変われば、私たちの暮らしも影響を受けるでしょう。たとえば、定年や年金の受給開始年齢を上げるという議論がはじまるかもしれません。今後、制度が実際に変わるかを見通すのは難しく、あくまで見込みです。しかし、定年・年金制度が変われば、個人の働き方や人生設計を見つめ直す必要が出てくるでしょう。働く期間が長くなるなら、資格やスキルの習得がより高い価値を持つことにもなります。日本に適した定年・年金制度を整備していく必要があります。
■寿命が伸びれば高齢者の定義も変わるべき
高齢者の定義となる年齢を引き上げる理由は、2つあると考えられます。1つめの理由は、私たちの寿命が伸びているからです。単に平均寿命が伸びているだけではなく、健康寿命も長くなっています。
私たちの寿命がどれほど伸びてきたかデータで見てみましょう。厚生労働省の簡易生命表(2022年)をもとにすると、私たちの平均寿命は
・男性は59.57年(1950年ごろ)から81.05年(2022年)
・女性が62.97年(1950年ごろ)から87.09年(2022年)
へと大きく伸びています。
また厚生労働白書(2023年度)によると、2019年度の健康寿命は、男性が72.68年、女性が75.38年でした。健康に長生きできる環境が整うにつれて、高齢者の定義が時代に応じて変わっても不思議ではありません。今までは高齢者とみなされる年齢であっても、雇用などにチャレンジできる機会を設けるべきでしょう。
■高齢者の定義が変わると「現役世代」人口は700万人以上増える
高齢者となる年齢を引き上げるもう一つの理由として、少子高齢化や財政問題への対策があげられます。学術研究や政策提言でも、定年延長により「現役世代」人口を増やして、より活発な経済活動を促すことが提案されています。
高齢者の定義が変わって定年年齢が70歳になると想定すると、「現役世代」人口はどれくらい増えるのでしょうか。2025年の将来推計人口のデータをもとに考えてみましょう。「現役世代」人口として、生産年齢(15~64歳)人口を見ることにします。ただし高齢者の定義が変わると、15~69歳人口へと生産年齢人口の定義も変わるとしましょう。
高齢者の定義が変わると2025年の「現役世代」が7,310万人から8,029万人へ、719万人増えます。総人口の約6%だけ労働者が増えるのと同じ効果です。少子高齢化で働き手が減り続けている日本では、大きなインパクトがあると言えます。
定年が5年も伸びるのはネガティブに聞こえるかもしれません。しかし、より長く勤める選択肢ができたと前向きに考えることもできます。さらに、定年が伸びると、自分自身の持つ技能や資格などがより長い期間役に立ちます。自己投資から得られるリターンをより長く受け取れるのです。
■年金の受給開始年齢などがさらに見直されるかも
日本では現在、年金の給付開始年齢を65歳と定めています(厚生年金の一部は、65歳未満で受け取りはじめる方もいます)。高齢者の定義が65から70歳に変わることで、年金の給付開始年齢をさらに上げようという議論がはじまる可能性があります。ただし給付開始年齢の引き上げは激しい論争になりやすく、制度が変わるかどうかは不透明な見込みです。
また現在の枠組みでは、仮に受給開始年齢が上がっても、それより早く受け取りをはじめる繰上げ給付を選べます。繰上げ給付では受取額が減りますので、人生設計に応じて年金をどう受け取るか考えておくのが重要です。ただし将来、こうした制度は変わる可能性があるため、厚生労働省からのお知らせや年金に関する報道はチェックしておきましょう。
高齢者の定義が変わるかもしれない、というニュースには驚きの声が多くあがっていました。しかし海外に目を向けると、年金の受給開始年齢を引き上げる流れが広がっています。たとえば、日本年金機構が公開している「主要各国の年金制度の概要」を見てみましょう。多くの先進国で今後、年金の受給開始年齢が65~68歳となる見込みです。また定年年齢が日本より高かったり、そもそも定年制度自体を認めていなかったり、といった先進国もあります。海外の事例もふまえつつ、日本社会にふさわしい定年・年金などの制度を整えていくべきです。
【参考】
▽厚生労働省 2022(令和4)年簡易生命表
▽厚生労働省 2023(令和5)年版厚生労働白書
▽統計ダッシュボード(人口ピラミッドの図は著者が一部加工)
▽日本年金機構「主要各国の年金制度の概要」
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◆新居 理有(あらい・りある)龍谷大学経済学部准教授 1982年生まれ。京都大学にて博士(経済学)を修得。2011年から複数の大学に勤め、2023年から現職。主な専門分野はマクロ経済学や財政政策。大学教員として経済学の研究・教育に携わる一方で、ライターとして経済分野を中心に記事を執筆している。
◆新居 理有(あらい・りある)龍谷大学経済学部准教授 1982年生まれ。京都大学にて博士(経済学)を修得。2011年から複数の大学に勤め、2023年から現職。主な専門分野はマクロ経済学や財政政策。大学教員として経済学の研究・教育に携わる一方で、ライターとして経済分野を中心に記事を執筆している。