「幸せにしたい」と引き取ったはずが、義母との別れに落ち込む私を支えてくれた 家族の絆の大切さを教えてくれた保護猫たち
猫と一緒に暮らしたいと思っていても、転勤族だと気軽に迎えることはできません。現在いる場所が大丈夫でも、次の転勤先にペット可の住居が見つからない危険性があるからです。現在は大阪府で暮らすU家の妻、Mさんも自分たちに犬も猫も縁がないと考えていました。
■猫と暮らせないなら亀と
夫の転勤に振り回されるMさんに、愛知県で暮らす義母は亀と暮らすことを提案。結婚して5年ほどの、2002年5月のことです。義母もまた亀を多く迎えており、一時期は5匹いたとか。
亀を迎えることにしたU夫妻は、すぐホームセンターのペット売り場へ行きます。そこで出会ったのが、今も一緒に暮らすカルカルちゃんです。カルカルちゃんは懐かないといわれるミシシッピアカミミガメであるものの、呼んだら来てくれるお利口さん。とても表情豊かで、夫妻の心を和ませてくれました。
実は年の差が一回りほど違う夫妻は、ジェネレーションギャップで意見が食い違うこともあったんです。でも、カルカルちゃんがいてくれるだけで、二人は笑顔に。
義母はカルカルちゃんをとても可愛がってくれ、どうしても転勤先に連れていけない時は長期間預かってくれることもありました。飼育のアドバイスもしてくれ、Mさんはカルカルちゃんを通じ、母親への信頼感を増していきました。
このカルカルちゃんが17歳の2018年、夫妻に大きな転機が訪れます。遂に夫は、転勤のない部署への移動が決まったのです。
■今度こそ猫を幸せにしたい
そこで夫妻は会社へ通いやすい、大阪府北部に分譲マンションを購入しました。Mさんの胸は高鳴ります。
「あこがれの猫との生活を始められるかもしれない」
同時に猫に対する責任についても考え始めました。というのも、彼女が高校生のころ味わった苦い経験があります。両親が2匹の猫を譲ってもらい可愛がっていたものの、当時はまったく知識がなかったため、あれよあれよという間に猫は17匹に増えてしまったのです。
幸い全員、親戚縁者にそれぞれ引き取ってもらえましたが、ちゃんとした対処をしていたら親子兄弟猫を引き離すことなく、仲良く暮らしてもらうことが出来た。そう思うと、今度こそ猫を幸せにしたいと強く思ったのです。
できれば元気の良い兄弟猫を2匹で。夫妻の年齢的に、今回迎える子たちが最初で最後の猫になります。Mさんは慎重に選ぼうと、里親募集サイトを見始めました。カルカルちゃんとも仲良くできる子たちが良いなぁ。
そこで見つけたのが、大阪府高槻市にある譲渡型保護猫カフェ「チェリッシュ」のXアカウントです。子猫専用アカウントには、可愛い子猫の画像が掲載されていました。Mさんはその中の2匹に目が釘付けになりました。キジトラの兄弟、ジェームスくんとスティーブくんです。ぜひ会いたいと思いました。
チェリッシュのHPを見ると店は阪急高槻市駅前にあり、土地勘があまりないMさんでも行きやすい。Mさんは逸る気持ちを抑えつつ、チェリッシュのドアを開きました。
■運命の出会い
店内に足を踏み入れると、猫たちが気ままにそれぞれ過ごしています。その中でもMさんの視線を奪うのは、やはり太陽がサンサンと降り注ぐ沖縄からやってきたジェームスくんです。まぶしい!!スタッフと話していると、トトトトッと弟のスティーブくんも寄ってきてくれたんです。
「この子たちだ!」
もう一瞬で心を奪われました。この時、スタッフが何か言っていたような気はしますが、覚えていないほど。
すぐにでも譲ってもらいたいMさんを、スタッフが止めます。また日を改めて譲渡の説明にお越しくださいと言われました。Mさんはハッと我に返ります。まだ引っ越しの片づけが住んでいない部屋があると。
別日にトライアルの申し込みをするのですが、冷静になったMさんは1カ月ほど時間をくださいとチェリッシュに頼みます。加えて、その間に迎えたいという家族が他にも出てきたら、あきらめますとも伝えました。良いお家に行くことが、この子たちのためになることですから。
タイムリミットは1カ月。さあ、片づけるぞと、Mさんは重い腰を上げます。
■白旗を上げた夫
片づけなければならないのは、部屋だけではありません。猫を迎えることを渋る夫の件も片づけなければならないのです。夫は眉間にしわを寄せて言うんです。
「せっかく買った分譲マンションが、猫にくちゃくちゃにされるだろう」
「猫ってそういうものよ」
「ケージやトイレは自分のお金で買ってくれ」
「もちろん。私の子たちだからね」
Mさんはああ言えばこう言うで応戦。約1カ月の間、戦いが続きました。しかし、終わりというものは必ず訪れるもので2022年11月下旬、ようやく夫は白旗を上げます。Mさんはガッツポーズ、晴れてトライアルを開始します。
U家に迎えられたジェームスくんとスティーブくんは、いきなりリラックス!最初からこの家で暮らしていたかのよう。チェリッシュのスタッフは、この2匹の様子を見て安心して帰っていきました。
トライアル期間に大きな問題はなく、兄弟は無事、U家の子どもになりました。
■喜んでくれた義母
ジェームスくんとスティーブくんは、名前を改めます。はるばる沖縄から「航海」して大阪まで来てくれたというので、ジェームスくんを「航(コウ)」スティーブくんを「海(カイ)」と名付けました。
Mさんは義母に報告します。義母も喜んでくれ、いつか会いたいねとも言ってくれました。
この「いつか」は思わぬ時に訪れました。2023年の春、義母の病気が発覚。この時、義父はまだ存命であるものの施設に入所しており、義母は一人暮らし。Mさんは義母の身を案じ、大阪に迎えることにしました。
義母は初めて会う航くんと海くんも可愛がってくれました。「コウちゃん、カイちゃん」と優しく声をかけ、ふんわり撫でる。航くんと海くんも嬉しそう。
Mさんは義母のために大阪の病院を見つけ、治療のための施設も見つけました。ここなら時々帰宅して、カルカルちゃんや航くんと海くんと遊ぶこともできる。大阪で80代の義母の、第二の人生が始まるはずでした。
それなのに2023年7月、義母は眠るようにすぅっと亡くなってしまいました。8月には後を追うように、施設にいた義父も他界。転勤がなくなった今、親孝行が始められると思っていたのに…。
■かあさんを助けるのは僕たち
Mさんにとって義母は太陽のような存在でした。いつも温かく接してくれ、怒ることなんてありません。どんな時も優しく包み込んでくれていたのです。Mさんの心は空っぽのようになりました。
日々が続くうちに、とうとう布団から起き上がれなくなってしまいました。完全な抑うつ状態です。
そんなMさんを航くんと海くんは責めません。おやつが欲しいとか遊んでほしいとか、わがままを言うことなく、ずっと寄り添い続けました。まるでMさんの心を温めるかのよう。Mさんは「本当に良い子たちが、うちに来てくれた」と改めて感じました。そして、
「この子たちを飢えさせてはいけない」
起き上がって、自分が何かあっても大丈夫なように自動給餌器をスマホで注文。続いてご飯を準備しようと、這うように台所へ。すると、夫がカリカリを持って立っているではありませんか。
「買ってきたぞ。これ、好きなやつだろう」
気づけば、夫も2匹を受け入れてくれていました。何より、Mさんがつらい時は寄り添ってくれる優しさは、元来持ち合わせています。だって、あのお義母さんの息子なんだから。
■家族の大切なもの
それを思い出したMさんは徐々に回復。笑顔も増え、涙を流すこともほとんどなくなりました。趣味のサークルにも再度参加するように。夫はいつの間にか猫吸いをするほど、航くんと海くんにメロメロ。
心配された航くんと海くんの壁や家具への爪とぎはなく、義父と義母の仏壇にいたずらすることもありません。夫とMさんが大切にしていると分かっているのです。カルカルちゃんにちょっかいをかけないのも、夫妻の大切な存在だと分かっているからでしょう。
Mさんは家の中でくつろぐ夫と航くんと海くん、カルカルちゃんを見て思うんです。全員と血のつながりはないけれど、私たちは「家族」なんだって。思いやる心を互いが持つことで、その絆は強くなる。
それを改めて感じさせてくれた航くんと海くんに、Mさんは言います。
「うちに来てくれて有難う」
航くんと海くんはMさんの顔を見て、ゆっくり瞬きをしました。
(まいどなニュース特約・ふじかわ 陽子)