スペインの国際映画祭で最優秀俳優賞 周囲は興奮しても藤竜也はぶれなかった 「ステージでは“最優秀俳優賞を受賞した人”を演じました」

「ひょうたんから駒みたいなもの」。第71回サン・セバスティアン国際映画祭で、俳優の藤竜也(82)が映画『大いなる不在』(7月12日公開)の演技によって日本人俳優としては初となる最優秀俳優賞を受賞した。

■完成作に魂の振動

「上映後に長いスタンディングオベーションがありましてね。映画祭では作品を讃えるという意味でセレモニー的にスタンディングオベーションをすることがあるわけですが、サン・セバスティアンではその熱量が違いました。お客さんの顔をまじまじ見ても瞳の奥にウソがない。それを感じた時に『これはもしや…』と思いました」

認知症になった父・陽二(藤)と忽然と姿を消した再婚相手の義母・直美(原日出子)。疎遠だった息子の卓(森山未來)は、不在だった時間を埋めるかのように二人の知られざる日々を辿っていく。

近浦啓監督とは3度目のタッグ。「近浦監督には映像作家としてのオリジナリティがあって、自分で新しい映像世界を作って提供しようとする気迫がある。特に今回の『大いなる不在』では彼ならではのセンスが開花。この世をうごめく人間たちの姿を淡々と観察するかのように俯瞰している。押し付けがましいドラマチックさや感動はないのにも関わらず、完成した作品を見終わった後には魂の振動を感じて心底驚きました」

陽二の記憶はまだらになり、過去を消去し、息子のことすらわからなくなる。「僕自身も日々年齢的にきわどい時間を送っているわけで、明日は我が身。それだけに陽二の心境や置かれた状況の切実さはよくわかりました」と実感を込めてキャラクターを体現した。

■演じる、それが僕の商売

そんな姿が国境を越えて認められた。第71回サン・セバスティアン国際映画祭での最優秀俳優賞は日本人俳優として初の快挙だ。「あまりにも突然だったものですから『え?何?』とキョトンとしてしまいました」とまさかの受賞の瞬間を振り返るが、そのスピーチでは「映画よ、ありがとう」というエモい名言も飛び出した。

緊張は皆無。俳優としてのダンディな矜持が顔を覗かせる。「なにせ突然の事だったのでスピーチはほとんどアドリブ。でも緊張はしませんでした。というのもステージ上では“最優秀俳優賞を受賞した人”を演じていましたから。演じること、それが僕の商売ですからね。僕のようなボンクラがこんな貴重な機会を頂けるなんて、ひょうたんから駒みたいなもの。そんな男が俳優の仕事に関することで緊張なんてしていたらやっていけませんよ」。

例え世界から賞賛を集めても、俳優・藤竜也のあり方はぶれることはない。

「個人的に賞をいただけたのはありがたいといえばありがたいです。でもそんなことよりも作品が色々な方々に観てもらって喜ばれるのが一番うれしい。映画作りは野球選手と一緒でチームの総力戦です。そこにいち俳優として貢献していくのが理想…。そういえば今日は大谷(翔平)の試合がありますねえ」

日本映画界が誇る82歳はありのままにニコリと笑った。

『大いなる不在』STORY

小さいころに自分と母を捨てた父が、警察に捕まった。連絡を受けた卓(たかし)が、妻の夕希と共に久々に九州の父の元を訪ねると父は認知症で別人のようであり、父が再婚した義理の母は行方不明になっていた。卓は、父と義母の生活を調べ始めるが-。

■監督・脚本・編集:近浦啓 共同脚本:熊野桂太 プロデューサー:近浦啓 堀池みほ

出演:森山未來 真木よう子 原日出子 藤竜也

7月12日(金)よりテアトル新宿ほか全国順次公開

(まいどなニュース特約・石井 隼人)

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