北海道の小さな町に、インド人が急増中…その驚きの理由とは? 今や比率は東京・江戸川区の3倍 多文化共生の“未来モデル”として注目

■毎年数十名単位でインド人が増える、北海道浦河町というところ

 東京都江戸川区といえば、大きなインド人コミュニティがあることで有名です。同区の統計によると、住民69万2732名に対してインド人は7213名(2024年7月1日時点)。人口の約1パーセントがインド人です。道を歩いていて100名とすれ違えば、1名はインド人という計算になるわけですね。

 ところが日本には、江戸川区の約3倍もの密度でインド人が在住している自治体があるのです。

 それは北海道の浦河町というところで、住民1万1314名に対してインド人は3パーセント強にあたる344名(2024年5月末時点・浦河町統計による)。しかもこの数字は、毎年数十名単位で増加を続けています。町の人口規模を考えれば「急増」といっていいでしょう。

 どうして浦河町にはインド人が多いのか。それは、同町が日本有数の馬産地であることが影響しています。逆にいうと、浦河町で働くインド人はほぼすべて馬牧場に勤務しています。

■インド人厩務員が日本の競馬産業を支えている

 もともとインドは、イギリスからの植民地支配を受けていた時代からの影響で、競馬が盛んな土地柄です。競争馬の扱いに慣れた人もたくさんいます。一方で浦河町は、地方自治体の例に漏れず、急速な人口流出が進む過疎の町。域内に数十はある馬牧場はいずれも、厩務員や牧場作業に従事する人員の不足に悩まされてきた経緯があります。

 ここで、インド人と浦河町の馬牧場との思惑がうまくマッチングしました。かなたインド人は、自分の競走馬育成スキルをもって高給を得たい(日本での1カ月ぶんの給与は、母国インドでの一年分以上に相当するそうです)。「印僑」という言葉があるように、海外で働くことにも抵抗がない人が多い。こなた浦河町の馬牧場はもちろん人手がほしい、というわけです。

 現在ではスタッフの半数近くがインド人という馬牧場も珍しくありません。「インド人のスタッフがいなければ、いまごろ牧場の規模は大きく縮小しなければならなかっただろう」と語る牧場主もいます。インド人は、浦河町の主産業たる軽種馬(主として競馬に用いられる馬)生産をしっかりと支えているのです。

■2020年、浦河町はヒンディ語版母子手帳を配布

 浦河町の馬牧場が初めてインド人厩務員を受け容れたのが2015年のことで、人数は合計13名でした。それが10年足らずで344名(家族含む)にまで増えたのは既述の通り。浦河町じたいがインド人を呼び込む施策を打ったことはないので、これはインド人ネットワークの口コミで評判が広まった結果と考えられます。

 浦河町は、在住インド人にどういう施策を採ってきたのでしょうか。

 在住インド人が200人を超えた2020年、浦河町はヒンディ語版母子手帳の作成・配布を始めました。来日して5年が経過して、日本の気候や生活習慣にも慣れたインド人が母国から家族を呼び寄せて暮らし始めるケースが増えてきたことを受けての措置でした。ちなみにこの年の母子手帳の交付件数は5件、新生児は4名誕生しています。

 翌2021年には人材サービス関連企業のサポートを得て、「外国人生活支援調査事業」と称するプロジェクトを正式に発足させました。事業内容は、インド人(を中心とする外国人在住者)のニーズ調査、医療や買物・行政手続などの随行サービス、ヒンディ語による生活支援(電話対応)、日本語教室や交流会といったイベント企画などです。

 結果、この年だけでニーズ調査は61回行なわれ、随行サービスは439件、生活支援は465件、日本語教室は小規模なものを含めると218回開催されました。殺到した、といってもいいでしょう。インド人とその家族は母語による行政サービスを切実に望んでいたことがわかります。さらに翌2022年には、ヒンディ語に堪能な女性を地域おこし協力隊員として迎えました。

■「外国人も同じ町民、日本人と同等の行政サービスを提供すべき」

「たとえ外国人であっても、同じ浦河町民である以上は同じ行政サービスを提供するべきだ。そんな思いで日々試行錯誤を続けています」と語るのは、浦河町役場・企画課の若林寛之係長です。

 浦河町の取り組みは、奏功しているといっていいでしょう。なぜならば外国人生活支援調査事業をスタートさせて以降、いっそう多くのインド人が浦河町に在住するようになったからです。特に、本国インドから呼び寄せられた家族が増えていることはここ数年の顕著な傾向で、昨2023年は38名と、前年比で倍近くの伸びになりました。「家族も安心して住める土地」と判断されるようになったということでしょう。

「もちろん日本の水に馴染めず、短期間で帰国してしまう人はいる。それでも傾向として、はっきりと人口が増え続けているのは、インド人の皆さんは浦河町での仕事や生活、環境におおむね満足してくださっている結果、と判断しています」(若林さん)。

■浦河町の多文化共生への取り組みに注目したい

 とはいえ、課題はまだ山積しています。

 ひとつにはやはり言葉の問題。ヒンディ語という「言語の壁」は非常に高いため、業務はどうしても属人化しやすくなる。これは、安定的な行政サービスを提供する上ではリスクの高いことです。インド人と日本人との間でコミュニケーションの仲立ちをしてくれる人に万一のことがあれば、途端に業務が滞ってしまうからです。

 そこで浦河町では、専門の日本語教師による日本語教室を頻繁に開催するほか、総務省が推進するふるさとワーキングホリデーや、CIR(国際交流員制度)を活用して、ヒンディ語通訳ができる人材の安定的な確保に力を入れています。

 昨年は大阪大学外国語学部の学部生や東京外国語大学の大学院生らが来てくれたとのことですが、今年もまた強力に募集をかけるとか。「年齢性別も、資格の有無も問いません。多少でもいいからヒンディ語の心得のあるかた、是非お問い合わせください」と若林さん。

 文化や生活習慣のギャップにも課題が残っています。特に子育て・教育や、医療・健康増進などの分野では日本人とインド人とでは感覚が違うところも大きく、苦労も多いとか。

 このため浦河町では、2023年から多文化共生推進事業に着手しました。テーマを設けて、インド人・日本人が一緒に学ぶ多文化共生ワークショップの開催や、外国人を雇用したい浦河町内の事業者向けセミナー、各種交流イベントなどがすでに実施されています。また今後は、日本人住民を対象にした広報活動にも注力していくとのこと。外国人向けのイベントに町の予算が使われることに批判的な住民もいるからだそうです。

 こうした施策が成果を挙げるのはもう少し先のことになるでしょうが、成り行きを注目しておきたいところです。なぜならば少子高齢化が急速に進む日本にあって、移民や外国人労働者をどうするか・いかに処遇するかは、否応なしに突きつけられてくる国民的関心ごとになるはずだからです。

 浦河町の多文化共生への取り組みは、われわれの「次の社会」のありようを考える上で、格好のモデルケースになるのではないでしょうか。

(まいどなニュース特約・襟川 瑳汀)

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