「少子化問題」実は30年以上前から議論されていた 想定を外れて落ち続ける出生率…その理由は
今年6月に発表された人口動態調査では2023年の出生率(概算値)が1.20まで下がり、大きなニュースになりました。少子化をどう解決するかは長い間議論され続けていますが、いつから問題として認識されるようになったのでしょうか。
実は30年以上前から、少子化問題の解決へ向けて取り組みが続いています。バブル景気がピークを過ぎ崩壊しつつあった頃からです。1990年には「1.57ショック」と呼ばれる出生率の落ち込みが大きく報じられました。1992年度には政府も少子化を大きな課題として認めています。
たび重なる少子化対策にもかかわらず、出生率は予測を上回るペースで下落を続けてきました。人口を増やすためには、海外の事例や研究の知見を活かしつつ、じっくりと対策を進めていく必要があります。
■少子化が話題になったのは30年以上も前
バブル崩壊を迎えた1990年代から、少子化はすでに社会問題になっていました。大きなニュースとして記録に残っているのは、1990年に話題になった「1.57ショック」です。1989年度の合計特殊出生率は1.57まで低下し、「ひのえうま」を下回る値になったと報じられました。「ひのえうま」は1966年に、出生率が激減した出来事をさします。
1992年度には、少子化問題が国民生活白書で取り上げられました。当時の白書では次のように説明されています。
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我が国の出生率は…昭和58年以降再び低下傾向が続いてきた。最近においても我が国の出生率は低下し続けており、平成3年の厚生省「人口動態統計」によれば、1.53人と史上最低となった。…少子化にともなう人口規模の縮小は、生産年齢人口の減少とともに、人口構造上高齢者人口の比率が急速に高まることを通じて、国民生活の様々な面に影響を及ぼすものと考えられる。
※引用:経済企画庁「平成4年度国民生活白書」。一部省略は著者による。
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今から30年以上前には、すでに政府は少子化を大きな課題として認識していました。しかし、出生率の低下を食い止める手は打てていないのが現状です。白書で書かれた状況は、今の日本においても変わらず当てはまっているように見えます。
■予測に反して下がり続ける日本の出生率
データを見ると、想定を超えたスピードで出生率が落ち込んできたと分かります。たとえば、1985年時点では、将来的に合計特殊出生率は1.75から2.0へゆるやかに回復すると見込まれていました。しかし、実際の出生率は想定以上に低くなり続け、1.75~2.0に戻ることはありません。その後も、出生率は予測に反して下がり続ける状況が続きました。
この間、政府が手を打ってこなかったわけではありません。1994年12月に、政府はエンゼルプランを策定しました。エンゼルプランは日本で初めてとされる、総合的な少子化対策計画です。保育所の増設や延長保育の導入など、子育てと仕事を両立できるような雇用・保育に関する環境整備が目的とされました。
少子化社会対策白書(令和4年度版)によれば、エンゼルプラン実施から今に至るまで、40以上の法律や計画が整備・策定されてきました。過去に取り組まれた施策の見直しだけでなく、男女の働き方改革や結婚・出産支援などにも対策を広げていきました。にもかかわらず、出生率の下落に歯止めをかけるには至っていません。
■なぜ予測を上回るペースで出生率が落ちたのか
出生率が予測に反して低くなった原因として、出産や育児、家庭のあり方が想定以上に大きく変わってきた点があげられます。未来の出生率を想定する際には、将来の人々が出産や育児、家庭像をめぐってどんな行動をとるか考えることが必要です。将来、人々の行動様式や社会慣習が変わると、出生率が想定とは大きくずれるおそれが高まります。
たとえば、1985年時点で想定されていた家庭のあり方と比べると、現在の日本社会における家庭像はかなり変わってきました。男女共同参画白書(令和4年度版)によると、1980~2020年にかけて、
・単独世帯が711万から2,115万世帯
・ひとり親と子どもからなる世帯が205万から500万世帯
へと大きく増加しています。一方で、夫婦と子どもからなる世帯は1,508万から1,395万世帯へと減少しているのです。モデルケースとして想定していた夫婦と子ども世帯は減りつつあります。そのかわりに、ひとり親世帯や単独世帯が目立つようになってきました。
女性の社会進出をはじめとした労働環境の変化も、1985年当時と比べればかなり進んでいます。結婚や出産、育児の意思決定、働き方や価値観など、さまざまな面で日本社会が大きく変わりつつあることのあらわれでしょう。
2024年度も、今後の出生率や人口動態に関する予測が出ています。これから出生率の下落は落ち着き、やや増えていく傾向にあるだろうと発表されました。しかし、私たちのライフスタイルや日本社会の姿がさらに変わっていくと、ふたたび想定以上に出生率が落ちてしまう可能性もあります。長期的に人口を回復させるために、出生率低下を食い止めた海外の事例や研究の知見を活かすことが重要です。腰をすえて対策を進めていく必要があります。
【参考】
▽厚生労働省「令和4年度人口動態調査」
▽経済企画庁「平成4年度国民生活白書」
▽国立社会保障・人口問題研究所「将来推計人口・世帯数」
▽内閣府「選択する未来-人口推計から見えてくる未来像-」
▽内閣府「少子化社会対策白書(令和4年度版)」
▽内閣府「男女共同参画白書(令和4年版)」
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◆新居 理有(あらい・りある)龍谷大学経済学部准教授 1982年生まれ。京都大学にて博士(経済学)を修得。2011年から複数の大学に勤め、2023年から現職。主な専門分野はマクロ経済学や財政政策。大学教員として経済学の研究・教育に携わる一方で、ライターとして経済分野を中心に記事を執筆している。