2025年度基礎的財政収支、薄氷の黒字見通し “バラマキ”次第では再び赤字転落のリスクも
2025年度に「国・地方の基礎的財政収支が黒字化する見通しになる」と発表されました。基礎的財政収支が黒字になるとは、政策に要する経費を、税収などの収入で賄えるようになる状態を意味します。
発表された内容が実現すればバブル景気以来のできごととなり、新聞やテレビでも大きく報じられています。1990年代から、基礎的財政収支はずっと赤字をたどってきました。財政再建のために、政府は基礎的財政収支を黒字にすべく施策を打ってきたにもかかわらず、なかなか赤字を脱却できなかったのです。
しかし、今後の税収が減ったり政策経費が増えたりすることで、基礎的財政収支が赤字に戻ってしまう可能性も十分ありえます。岸田政権は幅広い分野における物価高対策を検討すると発表しており、政治日程を見すえた「バラマキ」ではと懸念の声もあります。今後の支出が膨らむおそれは高く、基礎的財政収支が見込み通り黒字化できるかは、まだ予断を許しません。
■バブル崩壊後初めて、国・地方の基礎的財政収支が黒字となる
7月29日の経済財政諮問会議で、2025年度に国・地方の基礎的財政収支が黒字化する見通しであると発表されました。基礎的財政収支とは、「政策実施のためにあてられる経費を、税収などの収入でどれだけ賄えるか」を表します。基礎的財政収支が赤字であれば、政策経費を税収だけでは賄えていません。赤字の状況では、政府は財源が足りておらず、借り入れによって政府債務が増えることになります。逆に、基礎的財政収支が黒字であれば、政策経費の財源は税などの収入を通じて集められていると解釈できます。
最後に基礎的財政収支が黒字だったのは、バブル景気だった1990年前後です。バブルが崩壊した後は、長い間赤字が続いています。赤字続きからの脱却をめざして、1997年には橋本内閣のもとで財政構造改革法が定められました。この法律では、2003年度までに国・地方の財政赤字をGDPの3%以下に抑える、としています。そのために3年間の「集中改革期間」を設けて歳出カットを進めることなども定められました。しかしその後、アジア通貨危機や、北海道拓殖銀行・山一證券など金融機関の破たんが立て続けに起こり、財政構造改革法は停止されてしまいます。
小泉政権の時代からは「骨太の方針」とよばれる経済・財政運営に関する指針が公表されるようになりました。2002年度には、「2010年代初頭における基礎的財政収支の黒字化」が骨太の方針に盛り込まれます。しかし、世界金融危機により追加的な財政出動が必要となり、目標達成は困難を極めました。その後、時期は先送りになりながらも、基礎的財政収支の黒字化は目標として掲げつづけられました。そして2025年度に、ついに黒字化のめどが立ったのです。
■2025年度の実際の基礎的財政収支に注目したい
2025年度に基礎的財政収支が黒字化するという見通しは、あくまで現時点での推計です。国会での議論や経済状況の変化により、この見通しのようには進まない可能性もあります。
基礎的財政収支が黒字化した大きな要因のひとつは、税収額の増加です。政府の見通しでは、これからも税収は高い水準を維持するとしています。しかし、税収が見込みより小さくなってしまえば「バブル後初」の見通しは外れてしまうでしょう。さらに、ここ数年は年度途中に補正予算が組まれることで、政府の支出額が膨らんできました。今年以降も同じ傾向ならば、基礎的財政収支が赤字に転じるリスクは高く、今後も予断を許しません。
今年の秋以降に決まる経済政策における経費は、この見通しに含まれていません。岸田総理の記者会見(6月21日)では、低所得者世帯向け給付金や、学校給食費の負担軽減が検討項目にあがりました。また、農林水産や中小企業、医療介護保育、学校教育や公衆浴場、地域公共交通・物流・観光業といった幅広い分野への支援も考えると発表しています。今後の政治日程をにらんで、岸田政権は「バラマキ」となる支援策を打ち出したのでは、と懸念する声もあがっています。費用対効果を無視した支援策を進めれば、政策経費は大きく膨らんでしまい、黒字化目標の達成は再び先延ばしになるでしょう。
基礎的財政収支の黒字化は、政府債務の増加を止める第一歩です。借金である政府債務が大きくなりつづけると、利払い額が大きくなったり、貸し手が見つからないといったリスクが高まります。こうした事態が生じると財源が調達できず、私たちは十分な公共サービスを享受できなくなります。財源不足のリスクを避けるために、経済成長の促進と財政健全化に向けた取り組みを地道に続けることが重要です。
【参考】
▽内閣府「中長期の経済財政に関する試算(2024年7月)」
▽内閣府「国民経済計算(GDP統計)」
▽財務省「平成財政史-平成元~12年度」第1巻
▽内閣府「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2002」
▽YouTube「岸田内閣総理大臣記者会見 ー令和6年6月21日」(首相官邸)
◇ ◇
◆新居 理有(あらい・りある)龍谷大学経済学部准教授 1982年生まれ。京都大学にて博士(経済学)を修得。2011年から複数の大学に勤め、2023年から現職。主な専門分野はマクロ経済学や財政政策。大学教員として経済学の研究・教育に携わる一方で、ライターとして経済分野を中心に記事を執筆している。
◆新居 理有(あらい・りある)龍谷大学経済学部准教授 1982年生まれ。京都大学にて博士(経済学)を修得。2011年から複数の大学に勤め、2023年から現職。主な専門分野はマクロ経済学や財政政策。大学教員として経済学の研究・教育に携わる一方で、ライターとして経済分野を中心に記事を執筆している。