都会の夜空でも、見事捉えた星の光跡 初心者が挑んだ「天体撮影専用カメラ」の驚きの実力

■2024年7月、OMデジタルソリューションズより天体撮影に特化したカメラが発売

 取材記者という仕事柄、カメラには多少の知識も関心もある。しかしこれまで、私のカメラの用途はもっぱら「記録」だった。報道や媒体掲載用の写真で8割、家族や友人の記念写真で2割、それが私の写真撮影のすべてであり、およそ「芸術」「表現」「作品」などを志向する写真を撮ったことはない。そういうのは自分の領分ではないとなんとなく思い込んでいたのだ。

 そんな思い込みを揺るがしたのは、さる7月25日、OMデジタルソリューションズ--、現状ではまだ旧ブランド名「オリンパス」が通りがいいだろうが--、より発売になったOM-D E-M1 mark III ASTORO(以下アストロ)である。なんとこのカメラ、見かけはごく普通のデジタル一眼ながら、内部は天体撮影に特化した機構になっているというのだ。

 天体撮影はなかなかに難しいものだというくらいのことは知っている。だから、現在の自分の知識や伎倆で撮影できるわけはないと弁えてもいる。しかし、天体撮影に特化したカメラを使ってみたらどうだろうか。シャッターを押す+α 程度のことで玲瓏たる星空を切り取ることができるのではあるまいか。ふとそう思ったのである。

 OMデジタルソリューションズのご厚意で機材をお借りすることができた。以下、素人の悪戦苦闘をご笑覧いただきたい。

■通常撮影は推奨されない「尖った」カメラ、アストロ

 アストロが届いた日の夕方、空には上弦の月が浮かんだ。ものは試しと自宅のベランダから撮ってみた(写真が表示されない場合はぜひ『まいどなニュース』のほうにお越しいただきたい)。これが私にとって初めての天体写真である。

 多くの人が「月が赤い」と感じたと思う。それは撮影時、月が地平線に近いところににあったせいもあるのだが(月が低い位置にあると、青い波長の光が大気中で散乱するため赤く見えやすくなる)、なによりアストロの撮像素子センサーの特性が強く影響しているためだ。

 アストロの撮像素子センサーは、赤く発光する星雲はあくまで赤く、そして鮮やかに写す目的で、「Hα線」と呼ばれる可視光線をほぼ100パーセント捉えるようチューニングされている(通常撮影用のデジタル一眼は、せいぜい10パーセント程度)。このため被写体は、特別な操作・設定をしない限りは赤みが強くかかって写るのだ。

■OMデジタルソリューションズの「本気」が窺えるシステム展開

 一般に天体専用のカメラはHα線の透過率を高めた設計にするのがセオリーのようだが、アストロの「ほぼ100パーセント」は、民生機においては異例に高い数値である。2015年にはニコンがD810Aというデジタル一眼レフを、直近では2019年にキヤノンがEOS Raというミラーレス一眼を、それぞれ天体専用と銘打ってリリースしたが(現在はどちらも終売)、それだってHα線の透過率は40パーセント程度だ。

 ニコンやキヤノンのフルサイズ機とアストロとでは撮像素子センサーの大きさも違うので単純な比較はできないが、少なくともHα線の扱いに注目すればアストロはより鮮やかな天体写真を撮ることを志向しているのは確かだし、またよりニッチで、よりチャレンジングなカメラであるともいえる。ここが、天体専用カメラたるアストロのアイデンティティのひとつである。

 もうひとつ、アストロのアイデンティティを感じるのはそのシステム展開である。

 アストロには、都市の光害を軽減したり、星の光をにじませて強調したりといった機能のある専用フィルターが別売で2種用意されている。一般にフィルターというとレンズの対物側につけるものだが、アストロはなんとカメラ内部、撮像素子の手前に嵌め込む形で装着する。これによって得られるメリットは、大きくふたつだ。レンズの数だけフィルターを購入する必要がなくなること、フィルター装着が困難な広角レンズや魚眼レンズでもフィルター効果が得られること、である。

 これは、素直に「凄い」と思った。私もカメラを弄るようになって長いのだが、こんなシステム展開をしたものは他に類例を知らない。

 さらにアストロには天体撮影に適したカメラ設定が2種類プリセットされていて、ダイアルひとつで気軽に呼びだすこともできる。これも他社の先行機にはあまり見られない機能だ。天体専用カメラを謳うアストロの面目躍如といったところである。先述のフィルターのことも含め、アストロにかけるOMデジタルソリューションズの「本気」が窺える。

 かつて(前身たる)オリンパスは「宇宙からバクテリアまで」を標榜していたことを思い出す。それは、わが社のシステムはマクロからミクロまで森羅万象を写し取ります、という自負のようなものだったのだろう。いまや銀塩写真はデジタル写真に取って代わられ、オリンパスの映像事業は分社化されても、あのDNAのようなものはアストロの中に生きているのだなあと感じ入ったことであった。

■都市部の夜空にも星はたくさんある。カメラはきちんとその光を捉える

 月の次は、いよいよ星を撮ってみることにしよう。天体写真と聞いてだれもがすぐに連想するのは、星の軌跡が流麗な弧を描くあれだろうと思う。あれを撮ってみよう。

 私は「カメラを三脚に据えて、シャッターを長時間開けていればいいんだろう」と気楽に考えていたのだが、これはとんでもない間違いであった。というのも都市部の夜空は街灯やらネオンサインやらで想像以上に明るくて、ものの数秒もシャッターを開けたら画像は白く飛んでしまうからである。

 困ったなあ、こんな高級カメラを借り出しておいて「撮れませんでした」じゃ済まないぞ。そう思って調べると、どうも星の軌跡を撮るには「ライブコンポジット」という機能を使うのが鉄則であるらしい。これは複数回撮影した画像の、明るく変化した部分だけを合成する機能で、一般名称としては「比較明合成」という。ただシャッターを長時間開けているだけでは、上掲写真のごとく白く飛んでしまうことが避けられない。だが、ライブコンポジットを使えば画像は雰囲気のある暗さを保ったまま、星の光跡を捉えることができるのだ。

 初めてライブコンポジットで撮影した写真が下である(写真が表示されない場合はぜひ『まいどなニュース』のほうにお越しいただきたい)。

 この晩はやたらと自衛隊機や旅客機が低い位置を飛んで、その軌跡が画像中央に写り込んでしまっている。雲も出てきて、画面の1/4近くを覆った。天体写真としては失敗だろうが、それでもこの写真を確認したときには大げさでなく感動した。ああ、テクノロジーの進歩というものは大したものだ。手順さえきちんと踏めばおれみたいな素人でもこういう写真が撮れるのだ…。

 感動とは別に驚きもあった。夜空にはこんなにもたくさん星がある、それは都市部では肉眼では見えづらいけれど、カメラはきちんと写し出すのだという驚きである。よく見れば赤い星は赤く、青白い星は青白く、そして円弧の中心を辿っていくと北極星まで(つまりは針で突いたほどの「点」である)アストロはその光を捉えているではないか。

■地球は、想像以上の早さで自転している

 星を「点」で撮ることにも挑戦してみよう。

 星に露出を合わせるとシャッタースピードが遅くなり、(特に都市部では)画面が全体的に白く飛ぶ。夜の雰囲気を保った状態で撮ると光量不足になり、星はほぼ写らない。このあたりのバランスをどう取るかについてはいろいろと試行錯誤はしたのだが、やはりライブコンポジットで解決することにした。

 やりかたは簡単だ。アストロをライブコンポジットのモードにしてシャッターを切る。5秒、10秒と経つごとに背面の液晶モニタにはゆっくりと星が浮かびあがってくる。その星が線として流れてしまう前に適当なところで撮影を終える、それだけである。

 そうやって撮ったのが下の写真である(もう何度めかの注意喚起であるが、写真が表示されない場合はぜひ『まいどなニュース』のほうにお越しいただきたい)。

 星をなるべく明るく写すためには、ライブコンポジットの時間を長く取ったほうがいい。だが、これはマウントするレンズの焦点距離にもよるのだが、60秒も撮っているともはや星は点ではいられず、線となって流れ出す。地球は、想像するよりもずっと早いスピードで自転しているのだ。

 この点と線の松本清張的ジレンマを解決するには、赤道儀というハードウェアを追加購入する必要がある。それさえあれば星はもっと明るく、しかも動きを止めて撮ることができるのだ。もちろん私はそんなものは持っていない。読者諸賢におかれては「襟川にもっと高い原稿料を払ってやれ」と、まいどなニュース編集部に陳情していただければ幸いである。

■天体撮影撮影は、さまざまなことを想像し、考えるきっかけをくれる

 ところで、カメラメーカー各社は自社の製品が天体撮影に用いられることは当然想定しているのだが、ライブコンポジットに相当する機能を持たせているメーカーは意外に少ない。あくまでも私が調べた範囲では、と断り書きをしてからいうが、特にカメラ内部で複数枚を合成する機能まで備えたものになると、OMデジタルソリューションズの他には一社があるのみだ。

 OMデジタルソリューションズは、これは旧機種になるのだが、自社のカメラを「星空を一番撮りやすいカメラ」と紹介している。確かにその通りだと思う。天体撮影の初心者にとってはライブコンポジットの手軽さが、ハイアマチュアにとってはアストロという専用機の存在が、同社のカメラを選択する有力な動機になるのではないか。

 機材の返却期限も迫ってきたところで、そろそろ結論を書く。

 アストロの機能の高さは、正直いって私の手には余るものだった。Hα線透過率約100パーセントも、フィルター等のシステム展開も、なんならプリセットされている設定も、私には使いこなすことができなかった(本稿に掲載した天体写真は、私が普段使いしているOM-D E-M1 Mark III でも十分に撮影可能である)。

 だとしても、アストロをきっかけに天体写真を撮ってみようと思い立ち、実行できたことは大変に有益だった。ぼんやりと夜空を眺めているだけでは見えない星の姿をアストロを通して発見する感覚は過去に経験したこともなく、大変な知的興奮を覚えるものだったからである。

 晩夏の東京は天体撮影に適した環境とはいえず、撮影は雲に阻まれたり台風に邪魔されたりもあって、本稿はすでに原稿料とは到底見合わない手間暇が注がれている(いつものことではある)。しかしそんなことはまるで問題にならないくらい私は天体撮影に夢中になった。本稿冒頭で、自分にとってのカメラは記録でしかないと書いた。しかし記録や、なんなら仕事すらも離れた写真撮影がこんなにも自分の心を動かすとは想像もしていないことだった。

 これから秋が深まるにつれ空気は澄み、天体撮影に適した条件が整ってくる。10月中旬には紫金山・アトラス彗星が見ごろを迎え、11月にはおうし座南流星群が極大になるなど天体ショーも準備されている。カメラや写真撮影に興味のある向きは、ぜひ天体撮影に挑戦してみることをおすすめしたい。好奇心のあちこちが刺激される体験が待っているはずである。

(まいどなニュース特約・襟川 瑳汀)

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