一箱5000円のジャガイモも買ってしのいだ日々 餓死寸前の高齢者も…コロナ禍・ロックダウンされた上海で、日本人主婦が見たものとは

 中国では2020年の初頭からゼロコロナ政策がスタートしました。これは、徹底したPCR検査や国民の行動制限、都市封鎖などの強権的な手法でパンデミックを抑え込もうという意図のものでした。

 ゼロコロナ政策は2022年の12月に大幅な緩和措置が採られ、事実上の終焉を迎えましたが、この間を中国一の大都市・上海で生活していた日本人女性がいます。黒崎いくみ(仮名)さん、30代の主婦です。生活者目線でのゼロコロナ政策とはどういうものだったのでしょうか。語りおろしていただいた8000字インタビュー、ご一読ください。

■上海のユニクロは「ロックダウン後の顧客対応がいい」と評判に

--中国のゼロコロナ政策とはどういうものだったでしょうか。

黒崎 生活者の感覚でいうならそれは、行動を厳密に管理・制限された、非常にストレスフルなものでした。

 ゼロコロナ政策によって、市民には2日間に一度のPCR検査を受けることを余儀なくされました。検査を受けて陰性であることを証明できないとバスにも地下鉄にも乗れませんし、通勤・通学も禁じられてしまう。もちろんショッピングモールで買物をすることもできなくなる。だから、受けないわけにはいかない。それは市民はもちん、私たち家族のような外国人居住者も例外ではありませんでした。

「例外はない」といえば子どももそうです。陰性でないとスクールバスにも乗せてもらえない。学校では毎朝登校時にPCR検査をしてくれていましたが、土日をはさんで月曜日に登校するためには、日曜日に検査を受けなくてはなりませんでした。「2日間に一度のPCR検査」は、かくも厳密に守られていたんです。

 学校以外の場所でPCR検査を受けるのは難しいことではありません。私たち家族が住んでいた上海では、通りの200メートルおきくらいに検査のためのブースができていましたからね。もう「いたるところ」という感じです。検査は無料でしたから、上海市民はもとより在留外国人も、通勤通学の帰りとか買物のついでとかでブースが目に留まれば受けていたようです。

 検査結果は、スマートフォンの専用アプリケーションにリンクしています。陰性なら緑、要注意なら黄色、陽性なら赤のマークが出る。緑のマークが提示できないと行動が著しく制限されるのは前述のとおりです。さらにこのアプリケーションは個人情報と高度に結びついており、いつ、どこのだれが、どこで検査を受けたのか、その結果はどうだったのかがリアルタイムで当局に捕捉されます。GPS等の技術を用いた追跡もされているので、行動も筒抜けになる。もし陽性が判明したら大変です。たとえばその人が住んでいるのがマンションだったら、その棟の住民全員が巻き添えを食らう形でロックダウンされてしまう。陽性であろうと、なかろうとです。

 PCR検査をすると、だいたい6時間から10時間後ぐらいには結果がわかるんです。それで「だれそれが陽性だ」ってことになると、もう即座に当局の担当者が家まで来る。それで立ち入り禁止のテープを家のドアに貼って、外出できないようにする。テープばかりか玄関先に監視カメラまで設置されることもあったので、まあ徹底はしていました。そのおかげか、ゼロコロナ政策による各種規制が大幅に緩和される2022年の12月まで、私たち家族はもとより身近な友人知人にも感染者はほとんど出ませんでした。

--検査から6時間~10時間で結果が出て、陽性だと判明したら即座にロックダウンなんですね。では陽性と判明したとき、本人が自宅以外の場所にいた場合はどうなるのでしょうか。

黒崎 当然、本人がいる場所がロックダウンされます。学校も、職場も。もう「だれそれが陽性だ」と判明した途端に施設の出入り口が警備員によって施錠されて、最低でも一晩は幽閉されてしまう。それがショッピングモールなら、買物客はもちろん従業員もです。そうやって隔離して全員PCR検査して、それで全員陰性だったらようやく帰宅が許されます。

 買物客は床で寝ることに? さあ、私は幸い外出先でロックダウンに遭遇したことはないので確かなことはいえませんが、おそらくそうだったんじゃないでしょうか。ロックダウン中の飲食は、たとえばショッピングモールにはフードコートがありますからそれを利用したんでしょうし、なければケータリングや配給などで賄っていたんだろうと思います。

 ロックダウン中の顧客対応については施設ごとに差はもちろんあって、「Aデパートは親切だった」「Bモールはいまいちだった」みたいな情報はチャットアプリなどを通じてよく共有されていたようです。そうそう、上海市内にはユニクロが複数店舗を構えているのですが、そのうちのひとつがやはり営業時間中にロックダウンになった。閉じこめられた買物客に対して店舗は歯ブラシや毛布など支給したそうで、それがずいぶんと評判になっていましたよ。

黒崎 だれだって外出先で一晩ロックダウンなんて目には遭いたくないですよね。だから、該当施設でロックダウンが始まると中の買物客はまだ施錠されていない出入り口から蜘蛛の子を散らすように逃げていくんです。それで警備員と買物客との間で大捕り物が始まる…。その様子はSNSなどで拡散されていました。子どもがモールの前庭で遊んでいる間に、買物中の親は施設の中に閉じ込められた映像も見たことがあります。子どもはドアの外で泣きわめいて、親は必死で「出してくれ」と叫んでいるんです。

  外出先でのロックダウンとは逆のパターンもありました。それはたとえば、子どもが学校に行っている間に、自宅のアパートの住人に陽性が判明するというようなことです。この場合、一度家に戻ったら疑感染扱いになり、陽性ではなかったとしても最低二週間は再登校ができなくなる。ではどうするかというと、家には戻らずにホテルに泊まったり、友人の家に厄介になったりするんです。わが家でもそうやって、よその子どもをしばらく泊めていたことがありました。

■ワクチン接種キャンペーンも、外国人家族は対象外

--ゼロコロナ政策の間、ワクチンは打ちましたか。

黒崎 未接種です。上海市民は二度か三度は打ってると思うのですが、私たち家族のような外国人居住者は強制ではありませんでした。初期の段階ではワクチン量に余裕がなかったので、外国人に対してはワクチン接種プライオリティが低かったせいだと思います。また外国人は中国人の予防接種会場では接種できず、外国人専用の場所に予約を入れて行く必要がありました。接種のプロセスが少々面倒だったので、そのままだらだらと未接種で終わりました。 

 中国人向けには「接種すれば1リットルの食用油をプレゼントします」とか「この日に打ったら抽選でiPhoneが当たる」とか、接種キャンペーンはよくやっておりました。ですから中国人の友人からは、しばしば「プレゼントがもらえるんだからすぐに打ちにいけばいいのに」といわれましたが、そもそも外国人はキャンペーンの対象外だったんです。

 コロナで高熱を出すと、家族もろとも隔離施設みたいなところに連れていかれて療養することになります。それがホテルだったらまだいいのですが、タイミングや病状によってはコンテナや体育館を病室に改装したところに送られることもありました。上海市民はみな、そんなところに送られたら治療もろくに受けることができず、逆に悪化するのではないかと噂して恐れていました。

 住民が隔離されて空っぽになった家には保健所の係官が来ます。そして大量の消毒薬を散布して、家電といわず布団といわず部屋を水びたしにしていくんです。犬猫なんか飼っていたら、それはもちろん隔離先には連れていくことはできないから、放り出されて野犬化・野良猫化する。噂で聞いたことですが、上海がロックダウンされた時にはそうやって捨てられたペットが群れをなして道路を徘徊していたようです。

 先述したように私たち家族や、身近なところの友人知人はゼロコロナ政策期間中は罹患もしなかったし、ロックダウンで離れ離れになることもなかった。だから普通に生活しているぶんには、少なくとも表面的には平穏だったのですけれど、現実問題として「今日の新規感染者は×××名」とかどこそこでクラスタ発生とか、それでロックダウンになったとかいった情報は常に入ってきてましたからね。いつ自分たちにその災厄が降りかかってくるかと思うと気が気ではありませんでした。無駄な外出は控えて、すべての必要品はネットから購入するようになっていきました。

黒崎 話は前後するのですが、上海市のPCR検査については私はちょっと不信感を持っていました。PCR検査は、細長い綿棒を鼻の奥に突っ込んで粘膜を採取しますよね。この場合、一名の検体につき一本の試験管に保管するのが常識だと思います。しかし上海市の場合、一本の試験管に十数名分をまとめて入れていたのです。もしその試験管の中に一名の陽性者がいれば、残る九名は陰性であったとしても疑似陽性となり、隔離施設に送られる可能性がある。私はこれがとても心配でした。

 しかもその心配は、2日にいっぺんの頻度でするわけです。「常に爆弾を抱えている」という感じで、非常なストレスがありました。いつ陽性といわれるかわからない状況の中で生活をしていました。結果的にはゼロコロナ政策期間中は陽性と診断されることはなかったわけですが、検体をあんな雑に扱われてどうして無事だったのかはわかりません。

■上海市ロックダウンの通知は、ロックダウンの2日前に来た

--2022年の3月末からは、上海全体でロックダウンが始まりました。

黒崎 ロックダウンの通知はいきなり来ました。3~4日上海市をロックダウンするから食料を備蓄しておきなさいと中国政府から、ロックダウン予定日の2日くらい前にね。すでに世界はデルタ株からオミクロン株に移行しており、withコロナとかいって、コロナとの共存の方向性が志向されている状況でした。上海市内でも新規感染者が急増したわけでもないのに、なぜ今ごろになってロックダウンするのか理解できませんでした。

 政府は「3~4日ロックダウン」といっていましたが、私は「実際は1週間くらいかかるだろう」と予測して、さらに念を入れて10日分ほどの食糧を備蓄しておこうと思いました。蓋を開けてみたら10日どころか2カ月以上もロックダウンされたわけですけれど。

 中国政府からの通知を聞いて私はすぐにスーパーマーケットに食料品の買いだめに走りました。市内は、パニックというほどではありませんでしたが、みな山のように食糧を買いまくっていて、棚からは商品はほとんど消えていました。私が買えたのは卵が数十個と米、いくばくかの野菜、小麦粉くらいのもので、保存の効く缶詰やレトルト食品などはほとんど手に入りませんでした。それでも私は自宅に備蓄してあるものも含めて、家族の10日分くらいの食料は確保できましたけれど、中には政府のいうことを鵜呑みにして3~4日しか蓄えなかった・蓄えられなかった人もいたでしょう。

 食料が足りなくなったら? 買物なんか行けるわけがありません。店も開いてないし、そもそも市民は自宅にほぼ軟禁されている状態なんですから。「ロックダウン」とはそういうことです。

 上海の住宅は、基本的に団地なんです。日本でいえば千里ニュータウンとか高島平団地とか、そんな感じの団地群が各所にある。この団地は必ず、3メートルくらいの高さの塀で囲われています。で、囲いの東西南北とか、最低でも2ヶ所にはゲートがあるので、そこを閉めてしまえば人の出入りはできなくなる。中世の城塞都市みたいな感じですね。塀を乗り越えて外にでることは不可能ではありませんが、そんな真似をしたら大変なことになるとは上海市民もちゃんとわかってました。おそらくは高度な顔認証システムと連動しているであろう監視カメラも設置されていますからね。

■食料が足りなくなって、一箱5000円のジャガイモを買う

--3~4日ぶんの食料しか備蓄していなかった人はどうしたんでしょう。

黒崎 ロックダウンも10日を経過したあたりで配給が来るようになりました。買物にはもちろん行けないし、店舗のデリバリースタッフも自宅に軟禁状態にされていたのですからね。とはいえ配給は、頻繁には来てくれませんでした。10日に一度くらいだったと思います。注文? できるわけないです。チンゲン菜がダンボールに1箱とか、鶏の羽根をむしったやつがまるごと一羽とか、日本人には扱いづらいものが一方的に送られてくるだけ。それでも、あるだけとてもありがたいという感じで受け取っておりました。

 で、やっぱり嫌な話というのはあって、みんなSNSやグループチャットでつながっていますからね、「隣のアパートには配給が来たのにこっちにはこない」みたいな情報が頻繁に共有されるんです。後から知ったことですが、中国共産党の幹部退職者が多く住んでいる地域では配給は頻繁に行なわれていて、だから食糧に困ることはなかったようです。私たち家族のような庶民的なアパートだとそうもいかない。食糧が足りなくなると、みな精神的余裕がなくなるため、SNS上の書き込みもかなり荒れていたように思います。

 あとは外国の政府関係者とか、報道関係者とかが住んでいる地域にも頻繁に配給が行ったという話も聞きました。だからね、これはロックダウン中にTVで見たんですけれど、そういう「上級」の人たちのところに、たぶん特別な許可を得たカメラクルーが入って段ボール箱を映して「配給の食料がこんなに少なくなりました」と報じる、なんてのがあった。でもそれは私の目からすれば質量ともにすばらしいもので、「なーにが『少なくなりました』だよ。うちよりずっといいじゃねえか」と毒づいたことでした。

 嫌な話はまだあります。配給で届いた食料を住民に差配する役目の人がこっそり高値で横流ししたとかね。これは噂話としてではなく、報道で目にしましたから本当にあったことでしょう。

  ロックダウンから1カ月もすると、特にインフラ系の仕事をしている人には働いてもらわないとしょうがないということで、全員ではありませんが外出許可が出たんです。すると目端の効く人なんかはどこからか食料品を仕入れてきて高値で売る、なんてことをする。わが家ですか? 買いましたよそういうのも。いくらくらいだったかな…、小ぶりの段ボール箱にジャガイモと玉ネギ、ニンジンなどが入って送料込みで日本円で5000円とか、そんな感じでした。選り好みができる状況ではなかったので、とりあえず食糧が手に入りそうという情報があれば値段関係なくすぐにオーダーしてました。

黒崎 実はインフラ系の人たちに外出許可が出るのと期を同じくして、市内のスーパーマーケットがデリバリーを開始したのです。配達人員が確保できたってことなんでしょう。でも、買えたためしはなかったですね。「朝6時、どこそこのスーパーがネットで予約注文を受けつける」なんて情報が流れてくるんです。私は当日の朝5時55分にはPCの前でスタンバイするのですが、もう一瞬で売り切れてしまう。人気アーティストのチケット争奪戦みたいなことになっていました。

 日本でも戦中戦後の混乱時は、お金があっても食料が買えない・買えたとしても非常に高いという期間が続いたと承知していますが、まさかそんなことを21世紀の、経済発展著しい中国の、それも一番の商都上海で体験するはめになろうとは。あれはとても心の荒むものです。台所の食材を集めて、(これでどうやって、家族四人の食事をしのごうか)と頭を悩ますのは大変なストレスでした。あまりにも食べるものがないので、夜中にこっそり塀を越えて日本の領事館に駆け込んで助けを求めようと思ったこともあるくらいです。

 なんだかんだと流通が回復してきたのは5月の上旬くらいだったでしょうか。アパートの住人同士でまとめ買いをするようになって食材の供給はほぼ安定し、価格も依然高値ではあるのだけど、まあ許容範囲内になってきた。ただしこの時点ではまだ上海のロックダウンは解除されていませんし、ゼロコロナ政策も続いていました。

■市民の多大な犠牲によってあがなわれた、コロナの終焉

--上海がロックダウンされている間、PCR検査は?

黒崎 ずっと自宅に閉じこめられているわけだし、その間発症していなければもう検査する必要はないわけですよね、ロジカルに考えれば。

 でも、やってました。相変わらず二日に一度、あるいはそれ以上の頻度で。朝と夕とかにね。もちろん道端の検査ブースは閉鎖されていますから、向こうから来るんです。アパートの広場にテント建てて、でも住民が密集するのはリスクが高いということで、拡声器で「203号室の黒崎さん、降りてきなさい」って一戸ずつ呼び出される。

 で、これもロックダウンから1カ月くらい経過してからだったと記憶しますが、「2週間、陽性反応者が出なかった地区はロックダウンを解除する」って方針になったんですよ。私たちはわくわくしながら「あと3日だね」なんて指折り数えてその日を待つんですが、直前になるとなぜか必ず陽性者が出る。当然、解除はできなくなる。希望が打ち砕かれる。心が折れる…。そういうことが何度かありました。他人との接触もないはずなのになぜ陽性反応者者が出るんだろうとみな疑問に思いましたが、これはもうだれにもわかりませんでした。

 上海はもちろん先進的な大都会ですけれど、それでもまだ三畳一間のようなところに住んでいる家族もいるんです。狭い室内で四六時中顔を突き合わせて、それでお互いにストレスがたまって、いわゆる「コロナ離婚」みたいなことになったご夫婦もいたようです。高齢者はPCもスマートフォンも使えないからネット等で食糧の注文もできず餓死寸前、しかし家から出てはいけないので隣家に助けも求められないという状況もありました。これは具体例を知っています。

 幸い、そのかたは命に別状はありませんでしたが、最悪の例としては、ロックダウン中に急性虫垂炎になって、しかし都市機能は麻痺しているから救急車はなかなか来てくれず、ついに痛みに耐えかねて飛び降り自殺をしたという事件がありました。難病の検査をしなくてはならないのにそれも叶わず手遅れになったとかね。噂レベルですが、日本人も二名亡くなっているという話も聞いています。こういうことはもちろん報道はされませんが、上海のあちこちが阿鼻叫喚の巷と化していたのは想像に難くありません。

 上海のロックダウンは2022年の6月上旬に解除され、私たち家族や市民は少しずつ日常を取り戻していきました。その年の暮れにはゼロコロナ政策も事実上終焉を迎えました。中国は、とりあえずはコロナ禍を乗り切ったといってもいいのかもしれません。しかしそれは政策によってというよりは市民の、本来なら負わなくてもよかったはずの多大な犠牲によってあがなわれたのだと私は考えています。

※黒崎さんのプライバシーが特定されかねない部分については、主として安全上の理由からフェイクを入れてあります。

(まいどなニュース特約・襟川 瑳汀)

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