父の遺言書に書かれた財産「兄のために放棄しろ」だと!? 兄しか愛せない母親の理不尽な要求「従わないといけないのか」【行政書士が解説】
都内で一人暮らしをしているAさんはIT企業に勤める会社員です。実家は東北の田舎にあり、両親と兄が一緒に住んでいます。母親は子どものころから跡取り息子である兄を溺愛しており、Aさんはいつも蔑ろにされていました。
中学生になったAさんがテストで満点を取って帰宅したときも、母親はAさんを褒めるどころか「お兄ちゃんに恥をかかせるのか?」と叱る始末です。それ以来Aさんは、兄よりも点数を取らないように手加減するようになりました。
母親には相手にしてもらえなかったAさんの心の支えは父親です。父親はAさんに対しても優しく接してくれていましたが、仕事が忙しかったこともあり接点は少なめでした。父親の優しさのおかげで、なんとか高校までは自宅から通っていましたが、母親の扱いに耐えられなくなったAさんは、大学からは都内に出てきて一人暮らしです。
Aさんが会社員として働きだして5年ほどが経過したころ、父親が急病で倒れてそのまま亡くなってしまったと連絡が入ります。急いで実家に帰り、家族と久々の対面を果たしたAさん。ただ、そこでも母親は久々に帰ってきたAさんに冷たい目を向けます。
幸い父親が遺言書を遺しており、Aさんにも相続する財産があることが記載されていました。ただ、その内容に納得しなかったのが母親です。跡取りの兄とAさんが同じように財産を相続するのは許せないと憤りました。それからというもの、母親はAさんに相続放棄を強要してくるのですが、Aさんは従わなければならないのでしょうか。北摂パートナーズ行政書士事務所の松尾武将さんに聞きました。
ー遺言書が存在している場合、その内容に従わなければならないのでしょうか
遺言書が有効であると判断された場合、原則としてその内容に従って権利は移転することとなります。ただし、その遺言書上に遺言執行者の指定がなく選任もされていない場合で、相続人全員の合意が得られれば、遺言書の内容とは異なる遺産分割をおこなうことが可能と考えられています。
Aさんのケースでいえば、遺言書に遺言執行者の指定がなく、その選任もされていなければ、父親の財産の相続人である母親、兄、Aさんが同意すれば、遺言書の内容とは異なる遺産分割も可能であると考えられます。
ー遺言書とは異なる遺産分割協議がされることはあるのでしょうか
さまざまな事情から、実務上遺言書の内容とは異なる遺産分割協議書が作成されることはあります。ただし遺言執行者が存在する時には原則分割協議は無効とされ、有効とするためには少なくとも遺言執行者による同意や追認が必要となります。
遺言執行者としては、遺言内容とかけ離れた分割内容であると同意や追認は難しいかもしれません。場合によっては弁護士などの専門家に相談することをおすすめします。
ー相続放棄を強要するのは問題ないのでしょうか?
Aさんの母親のように他の相続人に対して相続放棄を迫る行為は、民法919条第2項に該当する可能性があります。この場合、仮にAさんの相続放棄の申述が受理されたとしても、その取消しを求めることができると考えます。あくまでも相続放棄は本人が決めることなので、本心と異なるのであれば毅然とした態度で断るべきです。
またAさんが相続放棄を断ったことで、母親により「相続放棄をしないなら、ただじゃすまさないから」など刑法上脅迫と評価できる行為がなされた場合には、刑事上の責任が生ずる可能性があることにも留意すべきだと思います。
いずれにせよAさんは母親の申し出を断り、遺言書通りに財産を相続することが遺言者の最終意思になっているものと考えます。
◆松尾武将(まつお・たけまさ)行政書士 大阪府茨木市にて開業。前職の信託銀行員時代に1,000件以上の遺言・相続手続きを担当し、3,000件以上の相談に携わる。2022年に北摂パートナーズ事務所を開所し、相続手続き、遺言支援、ペットの相続問題に携わるとともに、同じ道を目指す行政書士の指導にも尽力している。
(まいどなニュース特約・八幡 康二)