平安貴族を悩ませたもののけの正体は? 「物怪」と「物気」の違いとは 「光る君へ」コラム

ドラマでもたびたび台詞に登場し、貴族たちを悩ませた「もののけ」とは何でしょうか。『日本国語大辞典』(小学館)の「もの‐の‐け 【物怪・物気】」の項には、

人にとりついて悩まし、病気にしたり死にいたらせたりするとされる死霊・生霊・妖怪の類。また、それらがとりついて祟ること。邪気。

とあります。また、17世紀に日本で刊行された日本語をポルトガル語で解説した辞典『邦訳日葡辞書』には、

Mocqe (もつけ)=物怪

不幸な事、あるいは、悪い事や堪え難い事などが思いがけなく起こること。

Mononoqe(もののけ)=物気

魔物に取りつかれたた人の体内にいるという悪魔、狐、または、それに類するもの

とあり、「物怪」と「物気」は異なる言葉として記されています。さらに、折口信夫「ものゝけ其他」(『国文学』第二部第三章)には、

怨霊はものゝけと言ふ語で表されてゐる。ものは霊魂を意味し(中略)、けは(中略)病気を意味するから、ものゝけとは、「霊魂の病気」と言ふ意味である。しかし、後にはものゝけと言へば、鬼であり、或は精霊である。

とあり、もののけは「霊魂の病気」であり、鬼や霊を示すのは後世のことだったのです。

ところが、現代の通俗的な言葉では、「もののけ」といえば、お化け、妖怪の類をさすものとして使われています。映画の「もののけ姫」の影響もあることでしょう。「もののけ」=妖怪とされています。また、平安時代の史料を翻刻した史料集や現代語訳の書籍でも、ある本では「もののけ」を「物気」、別の本では同じ個所を「物怪」と混在して使用されています。

例えば、『栄花物語』巻十二「たまのむらぎく」には、

光栄・吉平など召して、物問はせ給ふ。御物のけや、又畏き神の気や、人の呪詛など様々に申せば、「神の気とあらば、御修法などあるべきにあらず、又御物のけなどあるに、まかせたらんもいと恐ろし」など。

とあり、陰陽師賀茂光栄、安倍吉平に問うた結果、「物のけ」や「神の気」が占断されています。「物」の気、「神」の気はいずれも人に影響をもたらすものであり、「物」は霊と置き換えることができるものでしょう。

『源氏物語』柏木には、「もののけの教えにても、それに負けぬとて、あしかるべきことならば」、浮舟には「御じやけの久しくおこらせたまはざりつるを、恐ろしきわざなりや」とあり、「もののけ」「じゃけ」などの表現があったことがわかります。

藤原行成(演・渡辺大知さん)の日記『権記』長徳四年(998年)3月3日条には、

或る者、云はく、「左丞相、俄かに煩ひ給ふ有り」と。即ち蔵人弁<為任>と同車して相府に詣づ。民部大輔<成信>に逢ひ、御悩の体を問ふに、示して云はく、「腰病。邪気の為す所なり」と云々。

腰の病が「邪気」のなすところと記されています。少し遡りますが、藤原忠平の日記『貞信公記』延喜十九年(919年)11月16日条には、「五節一人、忽ち物気を煩ふ。他人を以て舞はしむ」と云々。悦朝臣の女、病なり。」とあり、まひろ(紫式部、演・吉高由里子さん)も舞った「五節の舞」の舞姫が一人「物気」を患ったとあります。

藤原実資(演・秋山竜次さん)の日記『小右記』寛仁四年(1020年)10月2日条には、

「御薬、晦日、重く発り御す。願を立てしめ給ふこと有り。故式部卿親王の霊、出来す」てへり。「又、種々の物気、顕露す」と云々。

とあり、死者の霊(怨霊)と並んで「種々の物気」が顕われたと記されています。「物気」が霊の気であることがわかります。

一方、「物怪」は「もののさとし」と読まれていたようです。『今昔物語集』巻十四「依調伏法験利仁将軍死語第四十五」には、

而ル間、彼ノ新羅ニ此ノ事ヲ不知ズ。其レニ、此ノニ依テ、様々ノ物怪有ケレバ、占卜スルニ、異国ノ、軍発テ可来キ由ヲ占セ申ケレバ、

とあり。「物怪」は異国の軍の襲来の予兆を示しています。

『小右記』長和四年(1015年)9月16日条には、

今日、召使、占方を持ち来たる。昨の巳時、外記に物怪あり。烏、庁内に入る。大臣以下中納言已上の座、或いは倚子・茵を咋ひ散らす。或いは前机を仆す。占ふに、「今日、壬戌。時は巳<怪の日時>に加ふ。勝先、申に臨み、用と為す。将は天后。中は天岡・騰虵。終は功曹・六合。卦遇、元首・校童・佚女」と。之を推すに、怪所の巳・亥年の人、病事有るか。期は今日以後、四十五日の内、及び明年五・六・七月節中の戊・己の日なり。 主計頭安倍吉平

と陰陽師安倍吉平の占いの結果が記されています。ここでの「物怪」は烏が外記庁(役所)に侵入し、椅子や茵を食い散らかし、机を倒したことを指しています。決して霊の仕業ではありません。

これらの史料から、「物気(もののけ)」と「物怪(もののさとし)」は異なるものであったことがわかります。言葉は変化します。その変化を視野に入れて、歴史と向き合う姿勢が大切です。

(園田学園女子大学学長・大江 篤)

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