喫茶店のパートとして働いている40代の女性Aさんは、いつものようにお客様が帰った後のテーブル清掃をおこなっていました。その喫茶店はお客さまのご来店がすぐにわかるよう、大きな窓が設置されており、いつも通り来客をチェックしながら仕事をこなします。

すると1台の車から、自分の祖父と同じくらいの年齢の男性が降りる様子が窓から見えました。「お客さんだ」と思ったAさんは、さらに男性を見ると、なんと杖をついており足を引きずるように歩いています。この様子を見たAさんは男性に対して「この足で車を運転しているの？」と驚きを隠せません。

喫茶店に入った男性は、どうやら友人と待ち合わせをしていたらしく、先に来ていた同じ年齢くらいの男性が座るテーブル席に向かいます。Aさんは仕事をしつつも彼らの会話を聞いていると、車で来た男性は息子から免許を返納するように説得されていることが分かりました。しかし男性は「車がないと不便だから」と聞き入れず、むしろ「俺から足を奪うのか！」と憤慨している様子です。向かいに座る男性の友人らしき人も、その話にうんうんと頷いている姿を見て、Aさんは愕然としました。

このような車を運転するには危険そうな年齢の人に、うまく免許返納をさせる説得方法はないのでしょうか。在宅・施設介護職員を経て、介護支援コンサルティングや普及啓発の事業をおこなっている川内潤さんに話を聞きました。

ーなぜ高齢者の方のなかには、運転免許の返納に否定的な方がいるのでしょうか

買い物や病院に行けなくなり、これまでの生活が大きく変わってしまうこと、不便になってしまうことから、返納に対して否定的になる方がいます。また過去にトラックやタクシーの運転手だった方の場合、車の運転が職業人としてのプライドと結びついている場合もあります。

ー運転免許返納の説得方法はありますか

危ないからといって感情的に説得すると、相手も「そこまで言うなら絶対に返納しない」と意固地になり、「運転免許を返納しないこと」が目的になってしまいます。説得するポイントとしては、車の傷が増えた、ドライブレコーダーを付けてみて、急発進・急ブレーキが増えたなどの客観的な事実を伝えることです。また、ご家族だけでなく、医者や近所の方など周りの方からも伝えてもらうと効果的です。

ただ、そもそも説得する理由が「本人のためなのか」「自分が安心したいだけなのか」を考える必要があります。ニュースで報道される多くの交通事故から「事故を起こして人に迷惑がかかるんじゃないか」と不安になり、ご家族が過剰に反応している場合もあります。

「返納さえすればいい」と考えるご家族もいらっしゃいますが、返納したことで行動範囲が狭まって、社会との繋がりがなくなり、要介護状態になる高齢者の方もおられます。車の運転に限らず、料理や買い物など、できるうちはした方が、介護予防にもなることは考えるべきでしょう。

ー運転免許の返納を説得する際の注意点はありますか

いつかはご自身も家族と同様に年をとります。ご自身がどういう風に説得されたら幸せなのかを考える必要がありますね。周りがどう言ってくれたら納得して返納できるのか、一度立場を置き換えて考えてみてほしいです。

◆川内潤（かわうち・じゅん）NPO法人となりのかいご代表理事　1980年生まれ。上智大学文学部社会福祉学科卒業。老人ホーム紹介事業、外資系コンサル会社、在宅・施設介護職員を経て、2008年に市民団体「となりのかいご」設立。2014年に「となりのかいご」をNPO法人化、代表理事に就任。厚労省「令和２年度仕事と介護の両立支援カリキュラム事業」委員、育児・介護休業法改正では国会に参考人として出席。

（まいどなニュース特約・長澤 芳子）